那須川天心さんの父・弘幸さんがやばいと言われるのは、格闘技未経験から世界レベルの指導者になった人だからです。
自宅2階の6畳間で息子を鍛え上げ、中指を立てて炎上したこともある。とにかく振れ幅の大きい人なんですよね。
この記事でわかること
- やばいと言われる5つの理由と、そのエピソードの中身
- 自宅にあったという通称しごき部屋の実像
- 2025年の初黒星をきっかけに、息子の指導へ復帰した経緯
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 那須川弘幸(なすかわ ひろゆき) |
| 年齢 | 56歳(1970年3月生まれとみられる) |
| 職業 | TEPPEN GYM 代表・会長兼トレーナー |
| 前職 | 内装業の会社を経営 |
| 格闘技歴 | 未経験から独学 |
| 子ども | 長男・那須川天心/長女・那須川梨々/次男・那須川龍心 |
| SNS | インスタグラム(@hiroyuki_nasukawa) |
那須川天心の父がやばいと言われる5つの理由
未経験から独学で世界王者級の選手を育て、自宅を練習場に変えた人です。
一方で中指を立てて炎上したこともあり、息子への批評も一切の忖度がありません。
父・弘幸さんがやばいと言われる5つの理由
- ① 格闘技未経験から独学で最強クラスのトレーナーになった
- ② 自宅2階の6畳間を通称しごき部屋にして英才教育した
- ③ 試合後に中指を立て、全国ネットで配信されて炎上した
- ④ 息子の試合を身内とは思えない言葉で辛口批評する
- ⑤ 地元の子どもたちのために自らジムを建ててしまった
格闘技未経験から独学で世界的トレーナーへ
まず驚くのが、弘幸さんが格闘技の経験者ではないという事実。
【事実】もともとは内装業の会社を経営していた人でした。
きっかけは、天心さんが5歳のころでした。
弱虫だった息子に礼儀と心の強さを身につけてほしいと考え、極真空手を勧めたそうです。
ここまではよくある話ですよね。ところが、そこから先が違いました。
弘幸さんは自分でも一から格闘技を学び始めたんですよね。
しかも独学。動画や書籍を頼りに技術を吸収し、地元の子どもたちを体育館に集めて教えるまでになりました。
極真空手からキックボクシングまで、指導の幅を広げていったんです。
普通なら、途中でプロのコーチに預けるところ。
ところが弘幸さんは、自分が学んで自分で教えるという道を選びました。
息子の成長に合わせて、自分の知識も更新し続けたわけです。
その結果が、キックボクシング42戦42勝という無敗の息子。
未経験の親が独学で、あの那須川天心を育て上げた。これを普通とは呼べないでしょう。
総合格闘技でも4戦4勝。プロボクシングに転向してからも世界挑戦者決定戦を勝ち上がっています。
3つの競技すべてでトップに立った選手の土台をつくったのが、素人だった父親なんですよね。
2022年6月には東京ドームで武尊選手との一戦も実現しました。
THE MATCH 2022と銘打たれた、日本の格闘技史に残る興行です。
小さな体育館での指導から東京ドームまで。親子で歩んだ道のりの長さが伝わってきます。
この試合で勝利したあと、天心さんはキックボクシングを引退してボクシングへ転向しました。
キックでの通算成績は42戦42勝28KO。無敗のまま去るという、稀有な幕引きでした。
その決断を支えたのも、やはり父だったと言われています。
本人の身体能力も相当なもので、2020年には体操選手のような動きを披露して話題になったこともあります。
その動画がまた強烈でした。
2020年5月21日、公園の鉄棒で両足後方掛け回転に挑戦した映像を公開したんです。
最初は片手を支えにして回り、そこから両手を放したまま4連続で回転。合計5回転を成功させました。
しかも当時、弘幸さんは3月に50歳を迎えたばかり。
50代であの回転を決めるのですから、視聴者が驚くのも当然ですよね。
TEPPENチャレンジという企画の51日目の投稿でした。毎日なにかに挑戦する連載だったようです。
予想をはるかに超えている、天心があそこまで凄いのが納得いった。そんなコメントが並びました。
本人は、小学生だった70年代後半に鉄棒が流行していて友達と挑戦していたと語っています。
自宅2階のしごき部屋での英才教育
やばいと言われる理由のなかで、いちばん語られるのがここです。
松戸の自宅の2階にあったという、およそ6畳の練習部屋。
格闘技メディアの取材によると、部屋の様子はこうでした。
| 項目 | 内容 |
| 場所 | 千葉県松戸市の自宅2階、約6畳の一室 |
| 設備 | 床にマット、サンドバッグ、ミット |
| 壁 | 空手大会の優勝賞状が多数。そして大きな穴が複数 |
| 練習内容 | 大会で優勝しても、試合で出せなかった動きは帰宅後に何時間も反復 |
壁の穴というのが、なんとも生々しいですよね。
厳しい指導の痕跡として、そのまま残されていたと伝えられています。
6畳という広さも効いています。逃げ場がないんですよね。
壁一面に並ぶ優勝賞状と、その隣の穴。あの部屋の空気が、なんとなく想像できてしまいます。
練習から逃げようとする幼い天心さんへの対応も、徹底していました。
湯船に浸かっている息子の首根っこをつかんで無理やり出し、練習させていた。弘幸さん自身がそう語っています。
優勝した日でさえ、できなかった動きがあれば家で何時間もやり直す。相当な密度です。
ただ、この話には続きがあります。
後年の天心さんは、こんな趣旨の言葉を残しているんです。
父のプレッシャーは本当に凄かった。タイトルマッチや大舞台のプレッシャーですら、父親のプレッシャーと比べれば大したことない。
厳しさを恨み言としてではなく、自分の強さの土台として語っているところが印象的ですよね。
考えてみれば、これは大きな武器です。
世界タイトルマッチの重圧すら、子どものころに味わったものより軽く感じられる。
メンタルの強さで知られる天心さんの土台が、あの6畳間にあったということでしょう。
もちろん、いまの時代に誰にでも勧められる方法ではありません。
ただ、当事者である天心さんが前向きに語っている点は、押さえておきたいところです。
外から見て怖い話でも、家族の内側では違う意味を持っていたのかもしれませんね。
しごき部屋という呼び名も、実はファンや取材陣がつけたものです。
那須川家では、単に練習部屋だったのでしょう。
毎日そこへ上がっていく小学生の背中を思うと、なんとも言えない気持ちになりますよね。
ちなみに、この部屋を取材した記事では潜入という言葉が使われていました。
それだけ、外から見て特別な空間だったということでしょう。
いまでは伝説のように語られる部屋になりました。
無敗のキックボクサーがどこで生まれたのか。その答えが、あの6畳間にあるわけです。
中指を立てて全国配信され炎上した
【事実】2023年9月、弘幸さんが中指を立てる姿が中継で流れ、大きな批判を浴びました。
試合はメキシコのルイス・グスマン選手との一戦でした。
天心さんはKOできず、判定での勝利に終わりました。
その結果に対して、セコンドについていた弘幸さんが中指を立てたんです。
しかもカメラがしっかりとらえ、全国ネットで、さらに世界にも配信されてしまいました。
この件について、弘幸さんは翌2024年1月に東京スポーツの取材でこう振り返っています。
あれは愛情表現のつもりでやったんだけど、カメラに抜かれてしまった、と。
そのうえで、だいぶ自分もお叱りを受けたと明かしました。
全国ネットで世界にも配信しているのだから、見ている人に失礼だった。そんな趣旨の反省も語っています。
今後は指ハートをつくるか、試合後に抱きしめる形に変えると宣言しました。
反省してすぐ代替案を出すあたり、この人らしいと言えばこの人らしいですよね。
この一件が、父親やばいと言われるきっかけのひとつになりました。
この言葉が一気に広まったのも、ちょうどこの時期からでした。
それまでは熱心な父親という評価が中心だったんですよね。
ひとつの場面が切り取られると、人物像はあっという間に塗り替わるものです。
セコンドが自分の息子に中指を立てる。前提を知らない人からすれば、意味がわかりませんよね。
実際には、KOで勝てなかったことへの発破という意味合いだったようです。
SNSでも意見が割れました。愛情表現として理解できるという声と、あの場でやることではないという声。
どちらの言い分もわかる話だと思います。
格闘技のセコンドという場所は、感情が剥き出しになりやすい席でもあります。
ただ、そこがテレビに映るということを忘れてはいけない、という教訓にもなった一件でした。
本人が素直に非を認めて謝ったことで、批判は比較的早く収まりました。
言い訳をせず、次はこうすると具体策まで示す。そのあたりの潔さは評価されていいところですよね。
息子への容赦のない辛口批評
親が息子を語るとき、たいていは擁護に回るもの。
ところが弘幸さんは違いました。
【事実】2025年12月22日、YouTubeの格闘技番組に出演した弘幸さんが、息子の試合をこう評しました。
めちゃくちゃ弱かったね、と。
対象になったのは、同年11月24日のWBC世界バンタム級王座決定戦です。
天心さんは井上拓真選手に0対3の判定で敗れ、キャリア初黒星を喫していました。
身内が全国に向けて弱かったと言い切る。なかなかできることではありません。
敗因についても、はっきり指摘しています。
練習が足りていなかったという分析でした。練習ではできても、それが試合で出てこない。
技術を引き出すような、本当に厳しい練習が不足していたという見立てです。
身内だからこそ甘くしない。それがこの父の一貫した姿勢なのでしょう。
見方によっては厳しすぎますが、天心さんはそれを受け入れてきた人でもあります。
むしろ、この率直さがあるから信頼されているのかもしれません。
褒めるだけの人の言葉は、選手には刺さらないものですからね。
弱かったと言い切れる関係だからこそ、次の一歩を一緒に考えられる。そういうことなのでしょう。
実際、この発言と同じ場で、弘幸さんは息子への指導復帰も明かしています。
批評しっぱなしではなく、自分が現場に戻って立て直す。そこまでが一続きの話でした。
外野の批判とは、まったく性質が違うんですよね。
責任を取る覚悟のある言葉。だから重みがあるのだと思います。
この番組での発言が広く報じられ、父親やばいという声があらためて集まりました。
天心という名前に込めた願い
厳しいだけの父かというと、そうでもないんですよね。
天心という名前の由来を知ると、印象が変わってくるんですよね。
この名前をつけたのは弘幸さんでした。
天に心を持つ。天のような大きな心を持つ人間になってほしい。そんな願いが込められているといいます。
格闘技で強くなれ、という意味ではないんです。
妹の梨々さん、弟の龍心さんという名前にも、それぞれ思いがあるのでしょう。
強さより先に、人としての大きさを願う。そこが指導の厳しさと同居しているのが面白いところです。
中指の件を愛情表現だったと語ったのも、この感覚の延長かもしれませんね。
表現の仕方は独特ですが、根っこにあるのは息子への思いなのでしょう。
名前を付けた時点では、まさか格闘家になるとは思っていなかったはずです。
それが5歳で空手を始め、無敗のキックボクサーになり、東京ドームの主役にまでなった。
天のような大きな心を、という願いは、別の形で叶ったのかもしれませんね。
子供たちのためにジムを建てた
5つ目の理由が、この人の行動力。
TEPPEN GYMの公式サイトには、弘幸さん自身のあいさつ文が掲載されています。
そこに書かれた経緯が、なかなか熱いんです。
2011年にキックボクシングチーム「TEAM TEPPEN」を立ち上げ、2016年まで6年間、体育館で週に一度、子どもたちを指導してきました。
ジュニアチャンピオンも多く育ちました。
ところが、弘幸さんの中には問いかけが残り続けたといいます。
このままの指導では、真のチャンピオンを育てられないのではないか。
週に一度では練習量が足りない。サンドバッグもリングもある環境が必要だ。
そして決断します。ジムを開こう、と。
2016年11月に松戸市小金原でTEPPEN GYMをオープンし、2018年1月には新松戸へ移転しました。
あいさつ文のなかで、こんな言葉も綴られています。
負けて流す涙も大事だけれど、勝って喜ぶ涙の回数を増やしてあげたい。勝つという感動を多く経験させてやりたい。
第二、第三の那須川天心になりうる可能性がある。そう子どもたちに期待を寄せる一文もありました。
自分の息子を目標として掲げてしまうところが、なんとも堂々としていますよね。
ジムの設備にもこだわりが見えます。
サンドバッグ、リング、各種トレーニングマシン。さらにマッサージチェアと水素吸入ができるケアルームまであるそうです。
男女別の更衣室、パウダールーム、シャワールームは無料で使える設計。選手だけでなく、一般の会員も通いやすい環境になっています。
あいさつ文の締めくくりは、WE FIGHT TOGETHER という言葉でした。
一緒に戦う。息子ひとりを勝たせるためではなく、みんなで強くなるための場所ということですね。
自宅の6畳間から始まった指導が、いまは地域のジムになっている。この広がり方も含めて、やばいと言われる人なのでしょう。
ジムの場所は千葉県松戸市の新松戸。天心さんの地元です。
世界的な選手を輩出しても、拠点を都心に移さない。そこも印象的なところですよね。
地元の子どもたちに勝つ喜びを、という最初の動機がぶれていないということでしょう。
フィットネス目的の利用にも対応しているそうで、地域に開かれた施設になっています。
那須川弘幸の経歴と2026年の現在
内装業の経営者からジムの会長へ。異色の転身を遂げた人です。
そして2025年の初黒星をきっかけに、再び息子を直接指導する立場に戻りました。
プロフィールと年齢
【事実】2026年2月時点の報道で、弘幸さんは55歳と紹介されていました。
2020年5月の記事には、その年の3月に50歳になったばかりという記述があります。
この2つを合わせると、1970年3月ごろの生まれ。2026年8月時点では56歳という計算になりますね。
【不明】正確な生年月日や出身地については、公表された情報が見当たりません。
選手ではなく指導者ですから、細かいプロフィールが出回っていないのは当然でしょう。
格闘技経験については、未経験だったという説明が広く伝わっています。
若いころはサッカーをやっていたという話もありますが、こちらは裏づけが確認できませんでした。
現在の肩書きは、TEPPEN GYMの代表であり会長兼トレーナーです。
インスタグラムのアカウントも運用しており、フォロワーは2万5000人を超えています。
所属選手の試合について意見を発信することもあり、その発言が話題になる場面も少なくありません。
所属選手が理不尽な扱いを受けたと感じたときには、団体に正式な抗議文を出すと表明したこともありました。
選手を守るためなら組織にも物を言う。そういうタイプの指導者なんですよね。
この姿勢を頼もしいと見るか、過激だと見るか。評価が分かれるところでもあります。
内装業からTEPPEN GYM会長へ
経歴をあらためて並べてみます。
| 時期 | 出来事 |
| ジム設立以前 | 内装業の会社を経営 |
| 天心さんが5歳のころ | 礼儀と心の強さを願い、極真空手を勧める |
| 以降 | 独学で格闘技を学び、体育館で地元の子どもたちを指導 |
| 2011年 | キックボクシングチーム「TEAM TEPPEN」を立ち上げ |
| 2016年11月 | 松戸市小金原にTEPPEN GYMをオープン |
| 2018年1月 | 新松戸へ移転 |
| 2023年9月 | 試合後の中指ジェスチャーが配信され炎上 |
| 2025年12月 | 息子の指導へ復帰することを表明 |
内装の仕事をしながら、夜は子どもたちに空手を教える。
そんな日々を経て、本業をジムに切り替えたわけです。
仕事をセーブして息子に付きっきりでサポートしていた時期もあったと伝えられています。
自分の会社を持っていたからこそ、時間を融通できたという面もあるのでしょう。
会社員だった場合、平日の夕方に体育館へ通うのは難しかったはずです。
経営者という立場が、結果的に指導者への道を開いたことになりますね。
サラリーマンだったら、ここまで踏み込んだ関わり方は難しかったはずですよね。
妹と弟も格闘家という一家
那須川家は、天心さんだけの家ではないんですよね。
きょうだい3人がそろって格闘技の世界にいます。
| 名前 | 続柄 | 内容 |
| 那須川天心 | 長男 | 1998年8月18日生まれ。キック42戦42勝、現在はプロボクサー |
| 那須川梨々 | 長女 | キックボクサー。2018年にプロデビュー |
| 那須川龍心 | 次男 | 格闘家。2022年にプロデビュー |
父が指導者で、子ども3人が選手。まさに格闘技一家ですよね。
弟の龍心さんは2026年2月、トヨタアリーナ東京で父とともに兄の試合を観戦しました。
そのときの様子を、隣で父親が怒りすぎていたと明かしています。
負けるところを見たくなかった。龍心さんはそんな趣旨のことも語っていました。
選手として兄を見る目と、弟としての感情が入り混じっていたのでしょうね。
試合を見ている最中も、父はコーチのままなんですね。
この距離感の近さこそが、那須川家の強さでもあり、やばいと言われるゆえんでもあるのでしょう。
普通の父親なら、息子の世界戦は緊張して黙って見るもの。そこで怒鳴れるというのが、この人の変わったところです。
梨々さんは2018年、龍心さんは2022年にそれぞれプロデビューしました。
兄が切り開いた道を、妹と弟が追いかけていく形です。
同じ屋根の下で育ち、同じ父に教わり、同じリングに立つ。なかなかない環境ですよね。
きょうだいそろって競技を続けているという事実そのものが、指導のあり方への答えなのかもしれません。
母についても触れておきます。
【不明】氏名や職業といった詳しい情報は公表されていません。
格闘技一家として語られるのは父ときょうだいばかりですが、家族を支えてきた存在であることは間違いないでしょう。
父が厳しく指導する家庭では、母の役割が大きくなるもの。
3人の子どもがそろって競技を続けられたのは、家の中に別の居場所があったからかもしれませんね。
ここは想像の域を出ませんが、そう考えると腑に落ちる部分もあります。
初黒星を機に息子の指導へ復帰
ここが2026年時点で、いちばん大きな動き。
天心さんは2023年にボクシングへ転向し、帝拳ボクシングジムに所属しました。
それにともない、父が直接指導する形からは距離ができていきます。
プロボクシングの世界には、その世界の専門家がいますからね。
そして2025年11月24日。井上拓真選手とのWBC世界バンタム級王座決定戦で、天心さんは初めて敗れました。
キックボクシングとMMAを含めて無敗できた選手にとって、初めての黒星です。
この結果を受けて、弘幸さんが動きました。
【事実】2025年12月、再び息子を指導することをYouTubeで明かしたんです。
天心さん本人も、お願いしますと応じたと伝えられています。
その後の天心さんは、2026年4月11日にフアン・フランシスコ・エストラーダ選手との挑戦者決定戦に勝利しました。
そして2026年9月27日、トヨタアリーナ東京で井上拓真選手との再戦が決まっています。
WBC世界バンタム級のタイトルマッチ。今度は挑戦者としてベルトを狙う立場です。
チケットは2026年8月7日から発売されました。注目度の高さは相変わらずですね。
父が戻ってきたチームで、リベンジに挑む。そういう構図になったわけですね。
エストラーダ選手は、かつて2階級を制した実力者です。
その相手に9回TKO勝ちという結果を出したのですから、立て直しは進んでいると見ていいでしょう。
会場は前回と同じトヨタアリーナ東京。舞台まで同じというのが、なんとも因縁めいています。
井上拓真選手はその間に、元4階級制覇王者の井岡一翔選手を相手に防衛を果たしました。
王者として充実している相手に、挑戦者として挑む構図。簡単な試合にはならないでしょう。
それでも、リングサイドには父がいます。6畳の部屋から始まった二人三脚が、いまも続いているわけですね。
初戦から約10か月後の再戦になります。
前回は0対3の完敗でしたから、天心さんにとっては背水の陣。
父が再び現場に戻ったことが、この10か月でどう作用したのか。そこが最大の見どころになりそうですね。
帝拳ジムのトレーナーと父。役割の重なりをどう整理しているのかは公表されていません。
【不明】指導体制の詳細については、確かな情報が確認できませんでした。
ただ、父が関わる形に戻ったこと自体は本人たちが公にしています。
報道によると、天心さんはかつて組んでいたトレーナーとも再びタッグを組んだとされています。
初黒星を境に、陣容を大きく組み直したということでしょう。
負けたあとに何を変えられるか。そこにチームの本気度が出ますよね。
まとめ
わかっていることと、わかっていないこと。線を引くとこうなります。
- やばいと言われる中心:格闘技未経験の内装業経営者が、独学で那須川天心さんを育て上げたという経歴そのものです。
- しごき部屋:松戸の自宅2階、約6畳の部屋にマットとサンドバッグを置き、優勝した日でも動きの反復を求めたと伝えられています。壁には厳しい指導の痕跡が残っていました。
- 中指炎上:2023年9月のルイス・グスマン戦後、中指を立てる姿が配信されました。愛情表現のつもりだったと説明し、翌年に反省を語っています。
- 辛口批評:2025年12月、初黒星となった井上拓真戦について、めちゃくちゃ弱かったと公の場で評しました。敗因は練習不足だという見立てです。
- 2026年の現在:初黒星を機に息子の指導へ復帰。9月27日には井上拓真選手との再戦が控えています。
厳しさと愛情が、いつも同じ場所にある人。それが那須川弘幸さんという父親なのだと思います。
やばいという言葉は、この場合ほとんど賞賛に近いのかもしれません。
常識の外にいる人が、常識の外の選手を育てた。そう考えると筋が通ります。
中指の件のように行き過ぎもありますが、そこは本人も認めて改めている点ですよね。
9月27日のリングで、その指導がどんな形になって表れるのか。楽しみに待ちたいところですね。
今度はセコンドで中指ではなく、指ハートが見られるかもしれません。
そうなればそれで、また別の意味で話題になりそうですけどね。
よくある質問
Q1. 那須川天心さんの父はどんな人ですか?
A. TEPPEN GYMの代表で会長兼トレーナーの那須川弘幸さんです。2026年2月時点の報道では55歳。もともとは内装業の会社を経営していて、格闘技は未経験でした。天心さんが5歳のときに極真空手を勧め、自身も独学で格闘技を学んで指導者になった人です。
Q2. しごき部屋というのは本当にあったのですか?
A. 格闘技メディアの取材によると、千葉県松戸市の自宅2階に約6畳の練習部屋があったと伝えられています。床にマットが敷かれ、サンドバッグやミットが置かれていました。壁には空手大会の優勝賞状とともに、厳しい指導の痕跡である大きな穴が複数残っていたそうです。
Q3. 中指を立てて炎上したのはいつですか?
A. 2023年9月、メキシコのルイス・グスマン選手との試合後です。KOできず判定勝ちだった息子に対して中指を立て、その姿が全国ネットで配信されました。弘幸さんは翌2024年1月、愛情表現のつもりだったと説明したうえで、見ている人に失礼だったと反省を語っています。
Q4. 父は今も天心さんを指導しているのですか?
A. しています。ボクシング転向後は距離ができていました。ただ2025年11月24日の井上拓真戦で天心さんが初黒星を喫したあと、同年12月に弘幸さんが指導へ復帰することを表明しています。天心さん本人もお願いしますと応じたと伝えられています。
Q5. 那須川家のきょうだいも格闘家なのですか?
A. はい。長男の天心さんに加えて、長女の那須川梨々さんがキックボクサーとして2018年にプロデビュー、次男の那須川龍心さんが格闘家として2022年にプロデビューしています。父が指導者で子ども3人が選手という、まさに格闘技一家です。
出典:TEPPEN GYM公式サイト/東京スポーツ/スポーツニッポン/サンケイスポーツ/日本経済新聞/格闘技メディアTHE1.TV/eFight/Wikipedia

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