競泳の本多灯(ほんだ ともる)さんに、結婚しているという事実は確認できません。2026年9月時点で24歳、独身とみられます。
ではなぜ、いま名前を調べる人が増えているのでしょうか。理由は、9月9日に言い渡された1件の判決にありました。
- 結婚や彼女について、公にされている情報がどこまであるのか
- 2025年11月の事故から2026年9月9日の判決までに何があったのか
- 東京五輪の銀メダリストが、なぜハンドルを握って暴走したのか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 本多灯(ほんだ ともる) |
| 生年月日 | 2001年12月31日 |
| 年齢 | 24歳(2026年9月時点) |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 身長・体重 | 173cm・76kg |
| 専門種目 | バタフライ、個人メドレー |
| 所属 | イトマン東進(2024年4月から株式会社ナガセ社員) |
| 学歴 | 日本大学藤沢高校、日本大学スポーツ科学部 |
| 主なタイトル | 東京五輪200mバタフライ銀、世界水泳ドーハ金 |
| 結婚 | 公表されていない |
本多灯の結婚と彼女の真相
結婚の発表はありません。交際相手についても、名前や写真が報じられたことはないんですよ。
その理由と、いま注目が集まっている背景を順に見ます。
結婚は公表されていない
本多さんが結婚を発表した事実は、どこにも見当たらないんです。
所属先のイトマン東進や株式会社ナガセ、日本水泳連盟のいずれも、結婚に触れた発表を出していないんです。
本人のSNSにも、指輪や家族をうかがわせる投稿は見当たりません。ここも静かなままですね。
2001年12月31日生まれで、2026年9月現在は24歳。競泳選手としては、まだ結婚を考える年齢に差しかかったばかりでしょう。
独身とみて間違いなさそうです。
ちなみに競泳界では、20代半ばでの結婚がとくに珍しいわけでもありません。
それでも本多さんの場合は、そうした話題が一度も出てきていないんですよね。
彼女の噂はどこから出てきたのか
彼女がいるという報道も、これまで一度もないんですよ。
2021年の東京オリンピックで銀メダルを獲った直後にも、熱愛の話は出ませんでした。当時19歳ですから、当然かもしれませんね。
では、なぜ「彼女」という言葉が一緒に調べられているのでしょうか。
理由はシンプルでしょう。名前が急に広まると、その人の周辺にも関心が向かうからです。
そしてもうひとつ。本多さんの場合は、事故と裁判のニュースが大きく報じられました。
知らなかった人が名前を初めて見て、どんな人物なのかを知ろうとする。その流れで結婚や彼女という言葉が並ぶわけです。
つまり、噂の火元になるような具体的な報道があったわけではありません。ここは押さえておきたいところ。
なぜいま本多灯の名前が注目されているのか
きっかけは、2026年9月9日に出た判決でした。
東京地裁立川支部は、危険運転致傷の罪に問われた本多さんに拘禁刑1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。
事故が起きたのは、その約10か月前。2025年11月21日のことでした。
東京都多摩市の住宅街で、制限速度30キロの道路を時速88〜108キロで走行。対向車線にはみ出して正面から衝突しました。
相手の車を運転していた当時62歳の男性は、胸骨を折るなどのけがを負っています。
現場は住宅街のカーブでした。制限速度が30キロに設定されているのは、人が歩く場所だからです。
そこを100キロ前後で走れば、曲がりきれないのは当然でしょう。実際、本多さんの車は曲がりきれずに対向車線へ出ています。
被害者の方が命を落とさなかったのは、幸運だったとしか言いようがありません。
この一件が公になったのは2026年8月7日で、発表したのは日本水泳連盟でした。
つまり、事故から公表まで8か月以上のあいだ、外には出ていなかったことになります。
日本水泳連盟の発表文にも、気になる一文があります。連盟への報告が「発生及び起訴から相当期間を経た後」だったと書かれているんです。
つまり連盟自身も、事故からしばらく知らされていなかったということ。発表文で謝罪しているのは、この点も含めてでしょう。
この間、本多さんは2026年6月の日本選手権に出場しています。事故を抱えたまま泳いでいたわけです。
名前の読み方と灯という字の由来
「本多灯」と書いて「ほんだ ともる」と読みます。
「あかり」や「ひかり」と読まれることも多いのですが、正しくは「ともる」なんですよ。
この名前には、周りを明るく照らす存在になってほしいという願いが込められていると本人が語っています。
本人も「名前からして結構明るい性格」と話していて、名前と人柄が重なる選手でした。
競泳ファンのあいだでは「世界を灯せ」というフレーズで語られることもあったんです。
200mバタフライは、競泳のなかでもとくにきつい種目と言われます。両腕を同時に回し続ける泳ぎを、2分近く保たなければいけません。
後半に体力が尽きて失速する選手が多いなか、本多さんは終盤に伸びるタイプでした。東京五輪の決勝も、ラスト50mで順位を上げています。
水泳を始めたのは3歳のとき。座右の銘は「何事も楽しむ」だそうです。
2023年のインタビューでは、こんな言葉を残していました。「金メダルを獲りたい、世界一になりたいという大きな目標はブラさない」。
「今の僕では勝てないが、それは諦める理由にはならない。変わらず僕に期待してほしい」とも語っています。
自分の現在地を冷静に見たうえで、目標は下げない。当時21歳の発言としては、ずいぶん芯の通った言い方ですよね。
だからこそ、今回の一件を残念に感じている人が多いのかもしれませんね。
出身や大学など学歴のまとめ
出身は神奈川県横浜市。水泳を始めたきっかけは、兄の存在でした。
| 段階 | 学校・所属 |
|---|---|
| 小学校 | 横浜市立二つ橋小学校 |
| 中学校 | 鶴見大学附属中学校 |
| 高校 | 日本大学藤沢高校 |
| 大学 | 日本大学スポーツ科学部 |
| クラブ | イトマン東進 |
| 勤務先 | 株式会社ナガセ(2024年4月1日入社) |
株式会社ナガセは東進ハイスクールなどを運営する教育の会社。イトマンスイミングスクールもナガセのグループです。
大学卒業と同時に社員となり、社業と競技を両立する形になったんですね。
競泳はプロ野球やサッカーに比べると、選手の私生活が報じられる機会が少ない競技です。
五輪の年に一気に注目が集まり、それ以外の年は静かになる。この波の大きさが特徴でしょう。
本多さんが最も注目されたのは2021年の東京五輪で、当時はまだ19歳の大学生でした。
そこから結婚の話が出るには、時間が短すぎたと言えるでしょう。
とはいえ、競泳選手が現役中に結婚しないわけではありません。前例はいくつもあります。
| 選手 | 結婚のタイミング |
|---|---|
| 萩野公介 | 2019年、現役中に結婚(のちに離婚) |
| 瀬戸大也 | 現役中に結婚し、2026年2月に離婚を発表 |
ただ、トップスイマーの生活は想像以上にストイックだと言われます。合宿と遠征で家を空ける期間が長いんですよね。
結婚生活を続ける難しさが指摘されることもあり、そこは競技の特性なのかもしれません。
本多さんについては、まだその段階に入っていない、というのが実際のところでしょう。
加えて本人のSNSは、競技や日常の写真が中心。交際をうかがわせる投稿もありませんでした。
したがって「結婚しているらしい」「相手はこの人」といった話は、根拠のない書き込みだと考えるのが自然です。
家族についても、公になっているのは兄の存在くらいです。3歳で水泳を始めたきっかけが、その兄でした。
両親や実家の場所といった情報は出ていません。競技以外の話をあまりしない選手だった、ということでしょう。
こうしたタイプの選手の私生活は、本人が話さないかぎり外に出ません。そこは無理に埋めるところではないはずです。
東京五輪銀から判決までの5年間
本多さんは19歳で五輪の銀メダル、20歳で世界記録という異例のスピードで駆け上がった選手でした。
その後に何が起きたのか、記録と日付で追います。
東京五輪で銀メダルを獲るまで
頭角を現したのは高校時代のこと。
2019年の世界ジュニア選手権で200mバタフライ2位。翌2020年には日本選手権も制しています。
そして2021年、19歳で臨んだ東京オリンピックの男子200mバタフライで銀メダルを獲得します。記録は1分53秒73でした。
この銀メダルには、もうひとつの意味がありました。男子200mバタフライは、日本勢が表彰台に立ち続けてきた種目なんです。
| 大会 | 選手 | 成績 |
|---|---|---|
| 2004年アテネ | 山本貴司 | 銀メダル |
| 2008年北京 | 松田丈志 | 銅メダル |
| 2012年ロンドン | 松田丈志 | 銅メダル |
| 2016年リオデジャネイロ | 坂井聖人 | 銀メダル |
| 2021年東京 | 本多灯 | 銀メダル |
4大会続いていた連続記録を、19歳が5大会目へつないだ形。競泳日本の不振が言われた大会で、数少ない明るいニュースでした。
しかも本多さんは、この時が初めての五輪。プレッシャーのかかる場面で結果を出せる選手だったわけです。
この決勝で金を獲ったのは、ハンガリーのクリストフ・ミラークでした。当時から圧倒的な存在です。
翌2022年の世界水泳ブダペストでも、ミラークが世界新記録で優勝。本多さんは銅メダルでした。
同学年に世界記録保持者がいる種目で表彰台に上がり続ける。それがどれだけ大変か、想像がつきますよね。
| 年 | 大会 | 種目 | 成績 |
|---|---|---|---|
| 2019年 | 世界ジュニア選手権 | 200mバタフライ | 銀メダル |
| 2020年 | 日本選手権 | 200mバタフライ | 優勝 |
| 2021年 | 東京オリンピック | 200mバタフライ | 銀メダル(1分53秒73) |
| 2022年 | 世界水泳ブダペスト | 200mバタフライ | 銅メダル |
| 2023年 | 世界水泳福岡 | 200mバタフライ | 銅メダル |
| 2023年 | アジア大会(杭州) | 200mバタフライ | 金メダル(大会新1分53秒15) |
| 2023年 | アジア大会(杭州) | 400m個人メドレー | 金メダル |
| 2024年 | 世界水泳ドーハ | 200mバタフライ | 金メダル(1分53秒88) |
3年連続で世界水泳の表彰台に上がり、2024年のドーハでついに頂点。アジア大会では2冠も達成しています。
注目したいのは、アジア大会で400m個人メドレーも制していること。バタフライだけの選手ではなかったんです。
個人メドレーは4つの泳法をすべてこなす種目。ここで金を獲れるのは、泳ぎの引き出しが多い証拠でしょう。
短水路で世界記録を出した20歳の秋
キャリアのハイライトが訪れたのは、2022年10月でした。
東京・辰巳国際水泳場で開かれた短水路の日本選手権、男子200mバタフライで1分46秒85をマーク。世界新記録でした。
| 記録 | タイム | 保持者 |
|---|---|---|
| 2022年10月の新記録 | 1分46秒85 | 本多灯 |
| それまでの世界記録 | 1分48秒24 | 瀬戸大也 |
| 更新幅 | 1秒39 | ー |
水泳の世界で1秒39という更新幅は、破格です。20歳での世界記録更新でした。
この時点の本多さんは、間違いなく世界のトップにいたと言っていいでしょう。
長水路の自己ベストも、同じ2022年のものなんですよ。
| 水路 | 種目 | 記録 | 時期 |
|---|---|---|---|
| 長水路(50m) | 200mバタフライ | 1分52秒70 | 2022年12月 |
| 短水路(25m) | 200mバタフライ | 1分46秒85(当時世界記録) | 2022年10月 |
| 長水路 | 200mバタフライ 東京五輪決勝 | 1分53秒73 | 2021年7月 |
1分52秒70は当時の学生新記録で、日本歴代2位。21歳になる直前の記録でした。
2022年という1年で、短水路の世界記録と長水路の日本歴代2位を並べたことになります。
パリ五輪の予選敗退から続いた不振
流れが変わったのが、2024年のパリオリンピックです。
金メダル候補と言われて臨んだ男子200mバタフライで、予選2組8位、全体22位。まさかの予選敗退でした。
記録は1分57秒30。自己ベストからは5秒近く遅いタイムでした。
レース後、本人は「緊張でここまで体がすくむとは」と語っています。準備の問題ではなく、当日に何かが起きたことがうかがえますよね。
そしてこの不振は、その後も尾を引きました。
| 時期 | 大会 | 結果 |
|---|---|---|
| 2024年7月 | パリ五輪 200mバタフライ | 予選22位で敗退(1分57秒30) |
| 2025年1月 | 北島康介杯 200mバタフライ | 5位(1分57秒19) |
| 2025年3月 | 第100回日本選手権 200mバタフライ | 決勝7位、世界水泳代表を逃す |
| 2025年11月21日 | ー | 多摩市で人身事故 |
| 2026年1月 | 北島康介杯 200mバタフライ | 1分54秒91で優勝 |
| 2026年3月 | 第101回日本選手権 | 復調しパンパシフィック選手権代表に選出 |
| 2026年8月7日 | ー | 起訴が公表され、国際大会の出場辞退 |
世界水泳の代表から外れたのは、東京五輪以降で初めてのこと。18か月ほどのあいだに、立ち位置が大きく変わってしまったわけです。
この落ち込みが、のちの法廷でひとつのキーワードになります。
そして、この表でいちばん重いのは最後の3行かもしれません。
事故のあと、本多さんは泳ぎ続けていました。2026年1月の北島康介杯を1分54秒91で優勝し、復調と報じられています。
3月の日本選手権でも結果を出し、パンパシフィック選手権の代表に選ばれました。
競技の面では、確かに戻ってきていたわけです。ところが8月、起訴の事実が明らかになり、その代表を自ら返上することになりました。
最も苦しい時期を抜けかけたところで、過去の一夜が追いついてきた形でしょう。
2024年2月のドーハでの金メダルは、この種目で日本勢として初の世界一でした。山本貴司さんも松田丈志さんも届かなかった場所です。
ただ、ここは正直に書いておきます。ドーハ大会は同じ年のパリ五輪を見据えて、各国の主力が回避した大会でもありました。
金メダルの価値が下がるわけではありません。ただ、あの金と半年後の予選22位という落差には、そうした事情も混じっています。
本多さん自身、ドーハの金を手放しでは喜んでいませんでした。狙っていたのはパリの表彰台だったからです。
金候補と呼ばれ、その期待を背負って迎えた本番で、予選すら通過できなかった。20代前半の選手が抱えるには、かなり重い経験だったのではないでしょうか。
2025年の事故と2026年9月の判決
2025年11月21日、本多さんは自家用車を運転中に人身事故を起こしています。
検察が起訴した内容が、こちらです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日時 | 2025年11月21日 |
| 場所 | 東京都多摩市愛宕4丁目の住宅街 |
| 制限速度 | 時速30キロ |
| 実際の速度 | 時速88〜108キロ |
| 状況 | カーブを曲がりきれず対向車線にはみ出して衝突 |
| 被害 | 相手の車の男性が胸骨骨折などのけが |
| 罪名 | 危険運転致傷 |
公判では、事故の直前に時速130キロが出ていたことも明らかになっています。
動機についての供述も報じられています。赤信号で前に止まっていたスポーツカー。それが発進後に加速したため、離されたくないと感じたそうです。
検察の調書には「負けたくないという対抗心が燃えた」「絶対についていってやろうと思った」という言葉が残っていました。
そして本人が法廷で述べたのが、こちらの一言です。「競技結果がうまくいっておらず、前の車についていってしまいました」。
「わかっていましたが、冷静な判断ができませんでした」とも語り、起訴内容については「間違いありません」と認めました。
| 日付 | できごと |
|---|---|
| 2025年11月21日 | 多摩市で人身事故が発生 |
| 2026年8月7日 | 日本水泳連盟が起訴の事実を発表 |
| 同日 | パンパシフィック選手権とアジア大会の出場辞退を決定 |
| 2026年8月25日 | 東京地裁立川支部で初公判。検察は拘禁刑1年を求刑 |
| 2026年9月9日 | 拘禁刑1年、執行猶予3年の有罪判決 |
判決を言い渡したのは中島経太裁判官です。量刑の理由は、はっきり2つに分かれていました。
| 方向 | 裁判所が挙げた事情 |
|---|---|
| 重く見た点 | 危険かつ無謀な運転であること |
| 重く見た点 | 結果が軽くないこと |
| 重く見た点 | 酌量の余地がないこと |
| 考慮した点 | 保険会社を通じて損害賠償を支払ったこと |
| 考慮した点 | 国際大会を自ら辞退したこと |
| 考慮した点 | 謝罪を含め事実を率直に認め、一定の反省をしていること |
| 考慮した点 | 被害者に処罰感情がないこと |
裁判官は「危険運転致傷罪は単なる不注意ではない」とも述べています。そのうえで「自分だけでなく、周りの人にも迷惑をかけたと自覚してください」と語りかけました。
本多さんは公判で「2度と運転はしません」と話しています。
ところで、この危険運転致傷という罪名。交通事故でよく聞く過失運転致傷とは、まったく重さが違うんですよ。
| 罪名 | 内容 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 過失運転致傷 | 不注意による事故 | 7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金 |
| 危険運転致傷 | 制御が難しい高速度など、危険な運転による事故 | 15年以下の拘禁刑 |
上限が倍以上。しかも危険運転致傷には、けがが軽い場合に刑を免除する規定もないんです。
「うっかり」の枠に入れないという法律の意思が、はっきり表れているんですね。
ただ、この罪はなかなか適用されないことでも知られています。
三重県では2018年、制限速度60キロの道路を時速約146キロで走った車が事故を起こし、4人が亡くなりました。それでも裁判所は危険運転の成立を認めていません。
宇都宮市で2023年に起きた事故でも、時速約160キロとされた運転が過失運転致死で起訴されています。
| 事案 | 速度 | 適用された罪 |
|---|---|---|
| 2018年 三重県(4人死亡) | 制限60キロを時速約146キロ | 危険運転は認められず |
| 2023年 宇都宮市(死亡事故) | 時速約160キロとされる | 過失運転致死で起訴 |
| 2025年 本多灯さんの事故 | 制限30キロを時速88〜108キロ | 危険運転致傷 |
速度の絶対値だけを見れば、上の2件のほうが速いんですよね。
それでも本多さんのケースで危険運転が問われたのは、制限速度に対する比率が異常だったからだとみられます。制限30キロに対して3倍以上です。
そして現場が住宅街のカーブだったこと。この2つが「制御することが困難な高速度」という要件に当てはまったのでしょう。
なお危険運転致死傷罪をめぐっては、要件が実態に合っていないという批判が続いています。法務省の検討会で見直しの議論も進んでいるところです。
制限速度30キロの道路を100キロ前後で走れば、カーブは曲がりきれません。この「制御が難しい高速度」が適用の決め手になったとみられます。
拘禁刑と執行猶予の意味
ここで「拘禁刑」という言葉に引っかかった方もいるでしょう。懲役ではないのか、と。
実はこれ、2025年6月1日から始まった新しい刑罰なんですよ。
| 刑罰 | 内容 | 現在 |
|---|---|---|
| 懲役 | 刑務所に入れて作業を義務づける | 2025年5月末で廃止 |
| 禁錮 | 刑務所に入れるが作業の義務はない | 2025年5月末で廃止 |
| 拘禁刑 | 作業の義務をなくし、立ち直りに合わせて指導や作業を行う | 2025年6月1日から |
懲役と禁錮を一本化したのが拘禁刑。目的が処罰から立ち直りへ寄せられたわけですね。
本多さんの判決を「懲役1年」と書いている記事も見かけますが、現在その刑罰は存在しません。正確には拘禁刑です。
今回の判決で見落とされがちなのが、刑期そのものは求刑どおりだった点です。検察が求めた拘禁刑1年が、そのまま言い渡されました。
裁判所は刑の重さを軽くしたのではなく、猶予をつけたということ。「酌量の余地はない」という言葉とも、つじつまが合いますよね。
そして執行猶予3年というのは、3年間なにも問題を起こさなければ刑務所に入らずに済むという意味。
裏を返すと、この3年のあいだに再び罪を犯せば、猶予が取り消されて服役することになります。
3年という期間は、次のオリンピックまでの時間とほぼ重なります。2028年のロサンゼルス大会は、判決から2年11か月後に開幕するんです。
運転免許についても、行政処分は刑事裁判とは別に進みます。危険運転致傷が認定された以上、免許の取り消しは避けられないでしょう。
なお日本水泳連盟は判決について「極めて重く受け止めております」とコメントしました。連盟は倫理委員会での審議も進めるとしています。
執行猶予がついたことと、競技に戻れるかどうかは別の話。連盟の判断がどう出るかは、まだ分かっていません。
連盟は8月の発表の時点で、再発防止に向けた取り組みも示していました。
判決を受けて出したコメントでも、連盟は今後の手続きに触れています。
- 倫理委員会での審議を進めること
- 選手へのコンプライアンス教育を強化すること
- 信頼回復に向けて組織として取り組むこと
連盟は判決内容を精査したうえで倫理委員会での審議を進め、規程に基づいて厳正に対応するとしています。処分がどうなるかは、これから決まる話。
今後については、まだ何も分かっていません。憶測で書けることでもないでしょう。
ひとつ確かなのは、24歳という年齢です。競泳選手としては、まだ現役でいられる時間が残されています。
東京五輪の銀メダルも、短水路の世界記録も、事実として消えるものではありません。ただ、それは今回の一件を軽くする理由にもならないんですよね。
まとめ
- 本多灯さんの結婚は公表されておらず、2026年9月時点で24歳の独身とみられる
- 彼女に関する報道もなく、噂の火元になる具体的な情報は見当たらない
- 名前は「ほんだ ともる」。周りを照らす存在にという願いが込められている
- 2021年の東京五輪200mバタフライ銀、2022年に短水路の世界記録、2024年に世界水泳金という実績を持つ
- 2025年11月に制限速度30キロの道路を時速88〜108キロで走行し、対向車と衝突する事故を起こした
- 2026年9月9日、東京地裁立川支部で拘禁刑1年、執行猶予3年の有罪判決を受けた
結婚という言葉で調べられている一方で、実際に語られるべきことは別のところにありました。
24歳という年齢を考えれば、これから先の時間のほうがずっと長いはずです。
執行猶予の3年が明けるのは2029年。2028年のロサンゼルス五輪は、その途中にあたります。
水の中でどうなるかは、これから本人が決めることでしょう。
よくある質問
Q1. 本多灯さんは結婚していますか?
A. 結婚を公表した事実はありません。所属先や競技団体からの発表もなく、2026年9月時点では独身とみられます。
Q2. 彼女はいるのですか?
A. 交際相手が報じられたことはありません。名前や写真が出たこともなく、確かめられる情報はありませんでした。
Q3. 名前は何と読みますか?
A. 「ほんだ ともる」です。「あかり」ではありません。周りを明るく照らす存在にという願いが込められた名前だと本人が語っています。
Q4. 出身はどこですか?
A. 神奈川県横浜市です。横浜市立二つ橋小学校、鶴見大学附属中学校、日本大学藤沢高校を経て日本大学スポーツ科学部に進みました。
Q5. どんな事故を起こしたのですか?
A. 2025年11月21日、東京都多摩市の制限速度30キロの道路を時速88〜108キロで走行し、対向車線にはみ出して衝突しました。相手の男性が胸骨骨折などのけがを負っています。
Q6. 判決はどうなりましたか?
A. 2026年9月9日、東京地裁立川支部が拘禁刑1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。求刑は拘禁刑1年でした。
Q7. なぜスピードを出したのですか?
A. 前を走っていたスポーツカーに離されたくないと感じたと供述しています。法廷では「競技結果がうまくいっておらず、前の車についていってしまいました」とも述べました。
Q8. 拘禁刑とは何ですか?
A. 2025年6月1日から始まった刑罰で、それまでの懲役と禁錮を一本化したものです。作業の義務をなくし、立ち直りに合わせた指導ができるようになりました。
Q9. どの大会を辞退したのですか?
A. 2026年のパンパシフィック選手権と、愛知・名古屋で開かれる第20回アジア競技大会です。日本水泳連盟と本人の協議で決まりました。
Q10. 競技には復帰できるのですか?
A. 決まっていません。日本水泳連盟は判決を「極めて重く受け止めております」とコメントし、倫理委員会での審議を進めるとしています。
Q11. これまでの主な実績は何ですか?
A. 2021年東京五輪の200mバタフライ銀メダルが代表的です。ほかに2022年10月の短水路200mバタフライ世界記録、2024年世界水泳ドーハでの同種目金メダルがあります。

コメント