ル・ヴェルヴェッツを2024年9月末に脱退したのは、佐賀龍彦さんです。理由は脳梗塞のリハビリに専念するためでした。
グループはその後、宮原浩暢さん、日野真一郎さん、佐藤隆紀さんの3人体制へ。
- 脱退したメンバーと、その理由
- 本人が明かした発症から脱退までの3年間
- 2017年に起きたもう1件の離脱と、現在の3人体制
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| グループ名 | LE VELVETS(ル・ヴェルヴェッツ) |
| 結成 | 2008年 |
| ジャンル | クラシカル・クロスオーバー |
| 命名 | 音楽評論家の湯川れい子さん |
| 現メンバー | 宮原浩暢、日野真一郎、佐藤隆紀 |
| 2024年の脱退 | 佐賀龍彦(脳梗塞のリハビリ専念) |
| 2017年の離脱 | 黒川拓哉(逮捕を受け契約解除) |
ル・ヴェルヴェッツの脱退メンバー
2024年9月末に脱退したのは佐賀龍彦さん。2021年に発症した脳梗塞のリハビリに専念するためでした。
それ以前の2017年には、黒川拓哉さんが逮捕を受けて契約解除となっています。事情はまったく異なる2件です。
2024年に脱退したのは佐賀龍彦
結論から言うと、直近で脱退したのは佐賀龍彦さん。
発表があったのは2024年5月1日。4人での活動は同年9月末までとされ、予定どおりグループを離れることに。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 2021年9月 | 佐賀龍彦さんが脳梗塞を発症し休養に入る |
| 2022年秋 | 約1年のリハビリを経て舞台に復帰 |
| 2024年5月1日 | 脱退を発表 |
| 2024年9月末 | 4人での活動を終了し脱退 |
| 2024年10月以降 | 3人体制の準備のため年内は活動休止 |
発症から脱退まで、ちょうど3年。一度は復帰したうえでの決断だったことになります。
脱退の理由は脳梗塞のリハビリ
理由ははっきりしています。脳梗塞の完治を目標に、リハビリへ専念するため。
佐賀さんが倒れたのは2021年9月、40歳のとき。本人はのちにこう振り返りました。
目覚めたら右半身が動かなかったという状況だったそうです。声を仕事にする人にとって、これ以上ない打撃でしょう。
発症の経緯についても、少し補っておきますね。
報じられているところによると、佐賀さんは脳動脈瘤の手術を受けている最中に脳梗塞を発症したとされています。
脳動脈瘤は血管にできるこぶで、破裂すればくも膜下出血につながる病気。破裂前に手術で処置するのが一般的な対応。
その手術中に血管が詰まる合併症が起きた、という流れになります。予定された治療のはずが、別の後遺症を残す結果になったわけですね。
脳梗塞は、脳の血管が詰まって血流が途絶える病気。詰まった先の細胞が壊れるため、その部位が担っていた機能に障害が出ます。
右半身の麻痺は、脳の左側に損傷が起きたときの典型的な症状。運動の指令が届かなくなるためですね。
発症からの時間が短いほど回復の見込みは大きいとされますが、後遺症が残る割合も決して低くありません。
それでも過酷なリハビリに耐え、約1年後の2022年秋には舞台へ復帰。
ファンから届いた手紙が、リハビリを頑張る支えになったとも語っていました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 佐賀龍彦(さが たつひこ) |
| 生年月日 | 1981年1月14日 |
| 出身地 | 京都市 |
| パート | テノール |
| 学歴 | 近江兄弟社高等学校、京都市立芸術大学声楽科卒業 |
| 経歴 | 仲代達矢主宰の無名塾に26期生として入塾 |
| 加入 | 2008年の結成メンバー |
音楽大学で声楽を修めたあと、仲代達矢さんの無名塾で演技も学んだ人。歌と芝居の両方を鍛えた経歴です。
無名塾は仲代達矢さんが主宰する養成所。役所広司さんや若村麻由美さんを輩出したことでも知られる場所。
声楽家が俳優の訓練まで受けているというのは、珍しい組み合わせ。ミュージカルや舞台の仕事に強かった理由でしょう。
実際、佐賀さんはグループ活動と並行して舞台にも数多く出演。
2008年の結成時からのメンバーなので、脱退までに16年在籍したことになります。
結成メンバー5人のうち、最後まで残った1人が抜けた形。グループにとっても大きな節目でした。
身長180cm以上という条件もあり、ステージに5人が並んだときの見栄えは相当なもの。視覚的な華やかさも売りのひとつだったわけです。
本人が語った3年間の葛藤
復帰したあとに待っていたのが、理想と現実の差。
身体の機能そのものは回復していたそうです。ただ、思うようなパフォーマンスができない。
佐賀さんは自身の状態を客観的に見て、プロの表現者として50%に満たないと評価していたと明かしています。
観客がお金を払って観に来る舞台に、その状態で立ち続けていいのか。ここで折り合いがつかなくなったわけですね。
そこで本人から「完治」を目標としたリハビリに専念したい、という申し出があったと発表されています。
声楽家にとって、この後遺症は特に厳しいものでした。
歌うという行為は、喉だけの作業ではありません。腹筋や背筋で息を支え、姿勢を保ち、体全体を楽器として使います。
半身に麻痺が残れば、呼吸の支えも姿勢も変わってしまう。声そのものは出ても、以前と同じようには歌えないという状態が起こりえます。
しかもクラシックの発声はマイクに頼らない前提。ごまかしが効かない分野ですよね。
リハビリの現実も厳しいものでした。約1年かけて舞台に戻れたこと自体、相当な努力の結果でしょう。
ただ、日常生活を送れる水準と、プロとして舞台に立てる水準はまったく別。戻れた場所と、戻りたい場所に差があったわけです。
この差を本人が誰よりも正確に測っていたからこその判断だったのでしょう。
脱退にあたっては「必ず回復すると信じて」「再復帰のための時間を過ごします」という言葉も残しました。
辞めるための脱退ではなく、戻るための脱退という位置づけなんですね。
メンバーが送った言葉
残る3人からのコメントも印象的です。
なかでも伝えられているのが、「帰ってくる場所がある事、決して忘れないで」という言葉です。
脱退を区切りではなく、一時的な離脱として受け止めている姿勢が表れています。
4人体制での最後のツアーは『VIVERE〜彩りの未来へ〜』。佐賀さんはここで「必ず、完全回復します」と語りました。
このツアーの模様は、のちにCS放送で独占放映されました。4人で立った最後の舞台が記録として残った形です。
タイトルの「VIVERE」はイタリア語で「生きる」の意味。この時期のグループに、これ以上ない言葉だったのではないでしょうか。
送り出す側と去る側の双方が、復帰を前提に話している。そういう別れ方をした脱退でした。
2017年には黒川拓哉が契約解除
ル・ヴェルヴェッツにはもう1件、メンバーが離れた出来事が。
2017年6月14日、黒川拓哉さんが逮捕され、無期限の活動休止が発表されました。
その後の経緯は次のとおりです。
| 日付 | できごと |
|---|---|
| 2017年6月14日 | 逮捕を受けて無期限の活動休止を発表 |
| 2017年6月23日 | 川崎区検察庁が略式起訴 |
| 同日 | 川崎簡易裁判所が罰金50万円の略式命令 |
| 同日付 | グループ脱退および事務所との契約解除 |
この一件でグループは5人から4人になりました。手続きとしては本人の意思による脱退ではなく、契約解除にあたります。
略式命令は、本人が同意した場合に書面審理だけで罰金額が決まる手続き。裁判所に出廷しないまま結論が出ます。
逮捕から9日で処分と契約解除まで進んだことになります。異例の速さと言っていいでしょう。
脱退と解雇の違いを整理
同じ「メンバーが抜けた」でも、2件はまったく性質が違うもの。
| 黒川拓哉(2017年) | 佐賀龍彦(2024年) | |
|---|---|---|
| きっかけ | 逮捕 | 脳梗塞の後遺症 |
| 形式 | 契約解除 | 本人の申し出による脱退 |
| 復帰の可能性 | 触れられていない | 再合流を目標として明言 |
| メンバーの反応 | ー | 帰る場所があると伝えた |
「ル・ヴェルヴェッツ 脱退」という言葉で語られるのは、多くの場合佐賀龍彦さんのほうです。
2017年の件は7年以上前の出来事であり、事情も手続きも別のものになります。
ネット上では両方が混ざって語られることがあるので、記事を読むときはどちらの話をしているのかを確かめたほうがいいでしょう。
グループ側も、この2件をまったく違う扱いで発表しています。片方は契約解除の通知、もう片方は経緯を説明したうえでの送り出しでした。
現在の3人体制とグループの歩み
2008年に結成されたクラシカル・クロスオーバーのグループです。全員が音楽大学の声楽科出身。
2024年10月以降は宮原浩暢さん、日野真一郎さん、佐藤隆紀さんの3人で活動しています。
現メンバー3人のプロフィール
現在の3人を並べると、こうなります。
| 名前 | パート | 生年月日 | 出身 | 出身校 |
|---|---|---|---|---|
| 宮原浩暢 | バリトン | 1979年8月16日 | 静岡県静岡市 | 東京藝術大学声楽科・大学院修了 |
| 日野真一郎 | テノール | 1982年6月27日 | 福岡県北九州市 | 武蔵野音楽大学声楽科・大学院修了 |
| 佐藤隆紀 | テノール | 1986年2月5日 | 福島県喜多方市 | 国立音楽大学演奏学科声楽専修 |
全員が音楽大学の声楽科出身で、うち2人は大学院まで修了しています。本格的な訓練を受けた声が集まっているわけです。
パートはバリトン1人にテノール2人。佐賀さんが抜けたことで、声のバランスも組み直す必要がありました。
宮原浩暢さんは東京藝術大学の出身。国内では最難関の音楽系大学です。
日野真一郎さんは武蔵野音楽大学、佐藤隆紀さんは国立音楽大学。いずれも声楽で名の通った学校になります。
佐賀さんも京都市立芸術大学の声楽科出身でした。5人全員が音大の声楽科という編成だったわけです。
2008年結成からの歩み
グループの結成は2008年。オーディションで選ばれたメンバーによる出発でした。
条件が変わっていて、身長180cm以上、音楽大学卒というものだったと伝えられています。
グループ名の名付け親は、音楽評論家の湯川れい子さん。滑らかで上質な布地であるベルベットに由来しています。
掲げているのはクラシカル・クロスオーバー。クラシックの発声で、J-POPやアカペラまで幅広く歌うスタイルです。
クラシカル・クロスオーバーは、クラシックの技術で大衆音楽を歌うジャンル。海外ではイル・ディーヴォなどが知られています。
日本では珍しい編成で、そこにル・ヴェルヴェッツの独自性がありました。音大出身者だけで組んだボーカルグループという点も含めてです。
扱う曲はクラシックの名曲からJ-POPのカバー、アカペラまで。コンサートのほか、舞台やテレビ、ラジオにも出演してきました。
マイクを通さない生の声を聴かせる場面もあれば、ポップスをアレンジして届ける場面もある。間口の広さが持ち味のグループです。
クラシックの敷居を下げつつ、歌唱の水準は落とさない。この立ち位置を保つには、全員に相応の実力が要ります。
2012年にはフィリピンのマニラで公演を行うなど、海外でもステージに立ってきました。
所属レーベルも変遷しています。ワーナーミュージック・ジャパン、エピックレコードジャパン、イープラスミュージックを経て、現在はハッツアンリミテッドです。
結成から16年以上。ボーカルグループとしては長く続いているほうでしょう。
ファンクラブ「Parti」を軸に、コンサートツアーを毎年重ねてきました。ライブを中心に足場を作ってきたグループです。
テレビでの露出に頼るタイプではありません。会場に足を運ぶファンとの関係で成り立ってきた形。
佐賀さんが療養に入ったとき、ファンから手紙が届いたというエピソードも、その距離の近さを物語っています。
顔の見える関係を積み上げてきたからこその反応だったのでしょうね。
脱退の発表が公式サイトで丁寧に告知されたのも、その関係性ゆえでしょう。事務的な通知ではなく、経緯を説明する形が取られました。
ファンにとっては、16年見てきたメンバーとの別れ。納得できる説明が必要だったはずです。
3人体制で再始動した理由
佐賀さんの脱退後、グループは新メンバーを迎えていません。
2024年10月以降は体制を整えるため年内の活動を休止し、3人での再始動を選んでいます。
インタビューでは「新メンバーを入れてこれまで以上に良いものができあがるのか」という趣旨の問いかけも語られました。
人数を埋めることより、いまいる3人で作れるものを優先した判断でしょう。
佐賀さんの席を空けておくという意味合いも、そこには含まれているのかもしれませんね。
3人になったことで、ハーモニーの組み立ては大きく変わりました。4声から3声へ、単純に1本減るだけの話ではありません。
誰がどの音域を担うのか、曲ごとに配分を作り直す必要があります。レパートリーを一から編曲し直す作業だったはずです。
年内活動を休止したのも、その準備期間だったと考えるのが自然でしょう。
2025年以降は3人でのコンサート活動を再開しています。ファンクラブを通じたツアーも継続中。
メンバーはそれぞれ個人の活動も持っています。ミュージカルや舞台、テレビ出演など、活動の幅は広がってきました。
グループとしての活動と個人の仕事を両立させる形。1人が抜けても止まらない体制が、結果的にできていたとも言えます。
人数が減っても続けられるのは、全員が単独でも歌える実力を持っているから。音大の声楽科という土台が効いているところですね。
佐賀龍彦の現在
脱退後の佐賀さんは、完治を目標にリハビリを続けている状況。
2026年時点で、グループへの再合流が発表されたという情報は確認できませんでした。
ただ本人もメンバーも、復帰を前提とした言葉を残しています。時間のかかる回復であることは、当初から共有されていました。
脳梗塞は再発の予防も重要になる病気。焦らずに時間をかける選択が、結果的にいちばん近道なのでしょう。
再合流が実現するかどうかは、現時点では誰にも分かりません。ただ、その可能性を残したまま別れたことに意味があります。
グループを離れることと、音楽をやめることは別。脱退は終わりではなく、回復に集中するための整理だったわけです。
在籍したまま休養を続ける選択もあったはずですが、それを選ばなかったところに本人の姿勢が出ています。
グループの活動を自分の回復待ちで止めたくない。そういう判断だったと考えるのが自然でしょう。
結成から16年、5人で始まり3人になったグループ。人数は減りましたが、活動そのものは途切れていません。
抜けた席をあえて埋めないという選択が、いまのル・ヴェルヴェッツの形になっています。
4人体制最後のツアーの模様は、のちにCS放送で放映されました。あの日の歌声を記録として残せたことにも、意味があった気がします。
まとめ
- 2024年9月末に脱退したのは佐賀龍彦さん
- 理由は2021年9月に発症した脳梗塞の、完治を目指すリハビリに専念するため
- 一度は復帰したものの、思うようなパフォーマンスができず本人から申し出た
- 2017年には黒川拓哉さんが逮捕を受けて契約解除となっており、事情は別物
- 現在は宮原浩暢さん、日野真一郎さん、佐藤隆紀さんの3人体制
よくある質問
Q1. ル・ヴェルヴェッツを脱退したのは誰ですか?
2024年9月末に佐賀龍彦さんが脱退しました。2017年には黒川拓哉さんも契約解除でグループを離れています。
Q2. 佐賀龍彦さんの脱退理由は何ですか?
2021年9月に発症した脳梗塞の、完治を目標としたリハビリに専念するためです。本人からの申し出でした。
Q3. 復帰する可能性はありますか?
本人が「必ず回復すると信じて」「再復帰のための時間を過ごします」と語っています。ただし2026年時点で再合流の発表はありません。
Q4. 現在のメンバーは何人ですか?
3人です。宮原浩暢さん、日野真一郎さん、佐藤隆紀さんが在籍しています。
Q5. 新メンバーは入らないのですか?
2024年10月以降、新メンバーを迎えずに3人体制で再始動しました。人数を補うことより、3人で作れるものを優先した形です。
Q6. 黒川拓哉さんの件はどうなったのですか?
2017年6月に逮捕され、同月23日に略式起訴。罰金50万円の略式命令を受け、同日付でグループ脱退と事務所との契約解除が決まりました。
Q7. 佐賀龍彦さんはどんな経歴の人ですか?
1981年生まれの京都市出身で、京都市立芸術大学声楽科を卒業。仲代達矢さん主宰の無名塾でも学び、2008年の結成時からのメンバーでした。
Q8. 脳梗塞はどういう状況で起きたのですか?
脳動脈瘤の手術を受けている最中に発症したと報じられています。目が覚めたときには右半身が動かない状態だったと本人が語っています。
Q9. グループはいつ結成されましたか?
2008年です。身長180cm以上、音楽大学卒という条件のオーディションで選ばれたメンバーで始まりました。
Q10. グループ名の由来は何ですか?
音楽評論家の湯川れい子さんが名付けました。滑らかで上質な布地であるベルベットに由来しています。
この記事は2026年8月時点で公表されている情報にもとづいています。健康や法的手続きに関する記述は、公式発表と報道の範囲にとどめました。

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