今井翼の病気はメニエール病!?2度の休養と現在の活動を追った!

今井翼の病気はメニエール病!?2度の休養と現在の活動を追った!

今井翼さんが公表している病気は、内耳の病気であるメニエール病です。2014年11月に診断を受けたことを明かしています。

その後も体調と付き合いながら舞台に立ち続け、2度の長い休養をはさんで現在も活動を続けています。

  • 公表されている病名と、2014年から現在までの経過
  • メニエール病がどんな病気なのか、症状と治療
  • 顔や体型が変わったと言われることの受け止め方
項目 内容
名前 今井翼(いまい つばさ)
生年月日 1981年10月17日
年齢 44歳(2026年8月時点)
出身地 神奈川県藤沢市
身長 173cm
血液型 A型
公表している病名 メニエール病(2014年11月に診断)
所属 松竹エンタテインメント
公式Instagram @tsubasaimai_official
特技 フラメンコ
出典:松竹エンタテインメント公式プロフィール、Wikipediaほか
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目次

今井翼の病気はメニエール病

公表されている病名はメニエール病です。激しいめまいや難聴、耳鳴りを繰り返す内耳の病気。

2014年11月に診断を受け、2018年3月に再発して入院しました。この再発が、活動休止と事務所退所につながっていきます。

公表されている病名と経過

まず、公表されている事実の流れから。

時期 できごと
2014年11月 メニエール病と診断される
2018年3月 症状が再発し入院、芸能活動を休止
2018年9月10日 タッキー&翼が正式に解散
2018年9月13日 ジャニーズ事務所の退所を発表
2020年 松竹エンタテインメントに所属し活動を本格再開
2023年6月5日 体調不良の再発により、ふたたび活動休止
2024年1月21日 医師と相談のうえ活動再開を発表
2025年5月11日 芸能生活30周年の記念ライブを開催
出典:本人のInstagram、松竹エンタテインメントの発表、各種報道をもとに作成

なお、もともと右耳に突発性難聴を患っていたことも明らかにされています。

そのうえでメニエール病の診断を受けた形。耳のトラブルとは長い付き合いになっているわけです。

ここで大事なのが、2023年の休養について具体的な病名が公表されていないという点。

本人は「体調不良の再発」という言い方をしていて、それがメニエール病を指すのかどうかは明言していません。

報道でも病名は特定されていないままです。ここを混同している記事も見かけますが、事実としては非公表のままなんですよね。

そもそも、病名を公表するかどうかは本人の自由。

芸能人が病気を明かすと、その後ずっと「病気の人」として語られてしまう面があります。仕事の依頼にも影響しかねません。

それでも今井さんがメニエール病を明かしたのは、活動を止める理由を説明する必要があったからでしょう。舞台の降板は、多くの人に迷惑がかかります。

一方で2023年の休養では、病名まで踏み込まなかった。同じ人の判断が変わったところに、事情の違いがうかがえます。

公表しないことを責める筋合いは誰にもありません。この記事でも、明かされていないことは明かされていないものとして扱います。

メニエール病とはどんな病気か

名前は聞いたことがあっても、中身はよく知らないという人が多い病気ですよね。

原因は、内耳にリンパ液がたまる「内リンパ水腫」という状態。この水ぶくれが、平衡感覚と聴覚の両方を狂わせてしまうんですね。

メニエール病の原因となる内耳の構造
内耳の構造。蝸牛と三半規管がリンパ液で満たされています。出典:ウィキメディア・コモンズ(BruceBlaus/Blausen Medical・CC BY 3.0

内耳には、聞こえを担当する蝸牛と、平衡感覚を担当する三半規管などが収まっています。どちらもリンパ液で満たされた器官。

この液が増えすぎると、聞こえにも、体のバランスにも同時に不具合が出ます。めまいと難聴がセットで起こる理由がここにあるわけです。

症状 内容
回転性のめまい 自分や周囲がぐるぐる回る感覚が数十分から数時間続く
難聴 多くは片耳。低い音から聞こえにくくなることが多い
耳鳴り めまいの発作に前後して強まる
耳閉感 耳が詰まったような感覚
吐き気 強いめまいに伴って起こる
出典:MSDマニュアル家庭版ほか、一般的な医学情報をもとに作成

やっかいなのは、これが繰り返し起こること。一度おさまっても、また発作がやってくる可能性があります。

なぜ内耳のリンパ液が増えるのか、その根本的な理由はいまも解明されていません。

ただし、ストレスや過労、睡眠不足が発症や悪化のきっかけになりやすいことは報告されています。几帳面な性格の人がなりやすいとも言われる病気です。

治療は薬が中心。めまいを抑える薬や吐き気止めに加えて、内リンパ水腫そのものを改善するために利尿剤やステロイド薬が使われます。

薬で改善しない場合には手術が検討されることもあります。

ちなみに病名は、人の名前から来ています。

病名の由来となったフランスの医師プロスペル・メニエール
プロスペル・メニエール(1799-1862)。出典:ウィキメディア・コモンズ(パブリックドメイン

フランスの医師プロスペル・メニエール(1799-1862)が、めまいの原因が内耳にあることを突き止めました。それまでは脳の病気だと考えられていたそうです。

この発見が19世紀半ば。以来、彼の名前が病名として使われ続けています。

よく混同されるのが突発性難聴との違い。突発性難聴は、ある日突然、片耳が聞こえなくなる病気で、原則として一度きり。

対してメニエール病は、めまいと聴覚の症状を繰り返すのが特徴です。今井さんの場合、先に突発性難聴があり、のちにメニエール病と診断された経緯があります。

発症しやすいのは30代から50代とされ、働き盛りの世代に多い病気。女性にやや多いという報告もあります。

厄介なのは、見た目では分からないところ。発作が出ていないときは、まったくふつうに見えます。

だからこそ周囲の理解を得にくく、本人が抱え込みやすい病気だとも言われてきました。

発作がいつ来るか読めないのも負担でしょう。予定を組みにくく、仕事の約束がしづらくなります。

舞台やライブのように、日付を先に押さえて動く仕事とは相性が悪い。今井さんが降板や中止を余儀なくされたのも、この性質ゆえでしょうね。

一般に、ストレスをためないことや、十分な睡眠をとることが大切だと言われています。とはいえ、それが最も難しい業界にいるわけです。

診断は、めまいの発作を繰り返しているかどうかと、聴覚の症状が連動して変動するかどうかが手がかり。

聴力検査で低音域の聞こえ方を調べたり、平衡機能の検査を行ったりして、ほかの病気の可能性をつぶしていきます。

一度の診察で確定するというより、経過を追って判断する病気。今井さんが最初の突発性難聴からメニエール病の診断に至るまで時間がかかったのも、その性質によるものでしょう。

もうひとつ、「難病」という言葉と結びつけて語られることが多い病気でもあります。ここは正確に分けておきたいところ。

病名 指定難病かどうか
メニエール病 指定難病ではない
遅発性内リンパ水腫 指定難病(告示番号305、2015年指定)
出典:難病情報センター、厚生労働省の資料をもとに作成

指定難病になっているのは「遅発性内リンパ水腫」のほう。メニエール病そのものは指定されていません。

2つは近い病気ですが、区別のポイントがあります。

メニエール病は、めまいの発作に合わせて聴覚の症状が変動するのが特徴。一方の遅発性内リンパ水腫は、高度の難聴が先にあって、数年から数十年たってからめまい発作が始まり、難聴は変動しません。

診療のガイドラインは2つをまとめて扱っていて、それだけ関係の深い病気ということでもあります。

「メニエール病は難病」と書いている記事もありますが、制度上はそうではありません。細かいようで、患者さんにとっては支援制度に関わる大事な違いなんですよね。

2018年の再発と活動休止

最初の診断から3年あまり経った2018年3月、症状がぶり返しました。

再入院となり、芸能活動を休止。出演予定だった舞台を降板し、担当していたラジオ番組も終了となりました。

タッキー&翼としては、前年の2017年9月にすでに活動休止を発表していました。そこへ今井さん個人の再発が重なった形。

回転性のめまいが起きれば、立っていることすら難しくなります。歌って踊る仕事を続けるのが困難だったことは想像がつきます。

フラメンコを武器にしてきた人にとって、体の軸が定まらない状態はとりわけ厳しかったでしょう。

この年の3月といえば、タッキー&翼の活動休止が続いていた時期。個人での仕事に軸足を移そうとしていた矢先でした。

担当していたラジオ番組『今井翼のto base』も、この再発によって終了しています。声だけの仕事すら続けられない状態だったということ。

めまいの発作は、数十分から数時間にわたって続くことがあります。その間はまともに動けません。

いつ来るか分からない発作を抱えたまま、生放送や本番のある仕事を組むのは現実的でなかったのでしょう。

ジャニーズ退所までの流れ

2018年9月10日、タッキー&翼の解散が正式に発表されました。

結成は2002年8月1日ですから、16年の歴史に幕を下ろした形。相方の滝沢秀明さんはこの年に引退し、裏方へ回りました。

CDデビューは2002年9月11日、ミニアルバム『Hatachi』でした。当時2人とも20歳。タイトルがそのまま年齢を表していたわけですね。

「Venus」「Ho!サマー」といったヒット曲を出し、舞台『滝沢演舞城』では毎年のように主演。歌に芝居にと、休みなく走り続けた16年でした。

ジャニーズのなかでも、2人組で舞台に軸足を置くという珍しい立ち位置。テレビの露出量で勝負するタイプのグループではありませんでした。

相方の滝沢秀明さんは、解散と同じ2018年に表舞台から退いています。以後は後進の育成やプロデュース側へ。

同じ年に、片方は病気で、もう片方は自らの選択で、それぞれステージを降りた形になりました。

その後も滝沢さんが今井さんの体調を気遣っていたと伝えられていて、16年組んだ相手との縁は切れていないようですね。

その3日後の9月13日、今井さんはジャニーズ事務所の退所を発表します。1995年4月の入所から23年でした。

退所の理由については、治療に専念することと、区切りをつけることの2つが語られてきました。

いつ活動を再開できるか見通しが立たない状態で在籍し続けることに、本人が納得できなかったのでしょう。事務所に負担をかけたくないという思いもあったと見られます。

病気が、20年以上いた場所を離れる決断につながった。重い選択だったはずです。

退所してから本格的な活動再開までには、2年ほどの間があります。

この時期はほとんど表に出ていません。治療に専念していたと見られます。

2019年にはInstagramのアカウントを開設し、元気な姿を見せるようになりました。事務所を通さず、自分の言葉で近況を伝えられる場を持ったことになります。

そして2020年、松竹エンタテインメントへ。ジャニーズという看板がなくなったあとで、舞台を得意とする事務所を選んだ形です。

アイドルとしてではなく、表現者として立て直す。そういう選択だったのでしょう。

結果として、この移籍は当たったと言えるでしょう。

松竹は歌舞伎から現代劇まで舞台興行を手がける会社。フラメンコで培った身体表現を活かせる場が、そこにはありました。

アイドルの枠にいたころより、むしろ役者としての仕事は増えています。病気による中断が、結果的に立ち位置を変えることになったわけです。

2023年の再休養と本人の言葉

松竹エンタテインメントに移り、活動が軌道に乗ってきた2023年。ふたたび休養が発表されます。

6月5日、本人が自身のInstagramで報告しました。

出典:今井翼さん公式Instagram(@tsubasaimai_official)2023年6月5日投稿

投稿では「体調不良の再発により、ご心配をお掛け致しまして、誠に申し訳ありません」と切り出しています。

そして今回の休養が、あとから振り返ったときに必要だったと思えるよう心身を整えたい、と続けました。

「再び、力の限り表現が出来ることを目指して」という言葉で締めくくられています。

翌6日には所属事務所も発表を出しました。本人や医師と相談したうえで、健康を取り戻すことを最優先にするという内容。

7月に予定されていた音楽劇『精霊の守り人』を降板し、代役は村井良大さんが務めることになりました。10月に組まれていたビルボードライブの公演も中止に。

繰り返しになりますが、この時の病名は公表されていません。過去にメニエール病を公表しているため結びつけて語られがちですが、確認できる情報はないんですよね。

顔や体型が変わったと言われる理由

今井翼さんについて、顔つきや体型の変化を指摘する声があります。

結論から言うと、本人がこの点について説明したという事実は確認できませんでした。

一般論として、メニエール病の治療にはステロイド薬や利尿剤が使われることがあります。ステロイドには、顔がむくむ副作用が知られています。

ただし、今井さんが実際にどの治療を受けたのかは公表されていません。ですから、変化の理由を治療と結びつけて語ることはできないんです。

40代という年齢による自然な変化という見方もできます。10代でデビューした人ですから、比べる対象が若すぎるという事情もありますよね。

近年は「またいい顔になってきた」という受け止め方も広がっています。

闘病した人の外見を推し量るのは、あまり気持ちのいいものではありません。この記事でも、確認できないことは書かないという線を引いておきます。

そもそも、この手の話題が広がりやすい背景には、比較対象の問題があります。

今井さんは13歳で事務所に入り、20歳でCDデビューした人。ネット上に残る画像の多くが、10代から20代のものなんですよね。

40代の姿と20代の姿を並べれば、誰だって変わって見えます。それを病気のせいだと決めつけるのは、順序が逆でしょう。

病気を公表した人ほど、あらゆる変化を病気に結びつけて語られやすくなる。公表することの難しさが、ここにも表れています。

今井翼の復帰と現在

2024年1月に活動を再開し、2025年には芸能生活30周年を迎えました。

2026年もドラマ、舞台、ライブと予定が詰まっています。44歳のいま、活動の幅はむしろ広がっています。

2024年の活動再開

休養から約7か月半後の2024年1月21日、活動再開が発表されました。

事務所のコメントは「医師とも相談の上、活動を再開させていただくこととなりました」というもの。医師の判断を踏まえた復帰でした。

本人からは、ファンからのメッセージに励まされて今日を迎えられた、という趣旨の言葉が出ています。

2018年のときと違うのは、事務所を離れずに戻ってこられた点。休んで、治して、また戻る。そういう形が取れるようになっていたわけです。

2025年5月11日には、芸能生活30周年の記念ライブを開催しました。1995年の入所から数えて30年の節目。

13歳で事務所に入り、43歳で30周年。人生の3分の2以上を芸能の世界で過ごしてきた計算になります。

そのうち約2年は休養にあてられました。決して短くない空白を、キャリアの途中に2度はさんだことになります。

それでも30周年のライブを開けたところに、この人の粘りが出ていますよね。

プロフィールと経歴

あらためて経歴を年表で。

できごと
1981年 10月17日、神奈川県藤沢市に生まれる
1995年4月 ジャニーズ事務所に入所
2002年8月 滝沢秀明さんとタッキー&翼を結成
2014年11月 メニエール病と診断される
2018年 タッキー&翼が解散し、事務所を退所
2020年 松竹エンタテインメントに所属
2024年1月 休養から活動を再開
2025年 芸能生活30周年
出典:松竹エンタテインメント公式サイト、Wikipediaほか

事務所に入るきっかけは、3歳上の姉が本人に無断で履歴書を送ったことだったと語られています。

よくある話のようでいて、その一枚が人生を決めてしまったわけですよね。

家族構成は父、母、姉との4人。地元・藤沢への愛着が強いことでも知られています。

藤沢は湘南エリアの中心にある街。海が近く、江ノ島を抱えた土地です。

大人になってから母校を訪ねたエピソードも語られていて、地元との距離が近いままの人。

同じ藤沢ゆかりの有名人も多く、地元の話題になると饒舌になるタイプだとも伝えられています。

なおご家族は一般の方です。この記事でも、本人が公の場で語ってきた範囲にとどめます。

フラメンコという支え

今井翼さんを語るうえで欠かせないのが、フラメンコです。

アイドルの余技という次元ではありません。スペイン文化特使やスペイン親善大使を歴任するほど、本格的に踏み込んできました。

きっかけは2007年でした。自身のコンサートでフラメンコを披露することになり、本場を見るために2泊4日で単身スペインへ飛んでいます。

わずかな滞在で、毎晩フラメンコを見て回ったそう。そこで完全に魅了されてしまったわけです。

帰国後はフラメンコダンサーの佐藤浩希さんに師事し、本格的なレッスンを開始。その後も年に3回ほどスペインへ通い続けました。

2009年ごろからはスペイン語の学習にも取り組んでいます。踊りだけでなく、文化そのものを理解しようとする姿勢。

フラメンコとの関わり
2007年 コンサートのため単身スペインへ。本場の踊りに触れる
2007年以降 佐藤浩希氏に師事し、本格的にレッスンを開始
2009年ごろ スペイン語の学習を始める
その後 スペイン文化特使、スペイン親善大使を歴任
2026年 舞台『Golpe2026』
出典:各種インタビュー、Wikipediaをもとに作成

激しく足を打ち鳴らし、体の軸で見せる踊り。めまいの病を抱える人にとって、これほど過酷な表現もないでしょう。

それでも手放さなかったところに、この人の芯が見えます。

アイドル時代の経験を「一生の宝物」と語ったこともあります。過去を否定せず、そのうえで新しい表現を積み上げてきた人。

ジャニーズという看板を失っても、フラメンコという看板は残りました。事務所が変わっても消えない技術を持っていたことが、復帰を支えたのかもしれませんね。

2026年には『Golpe2026』という舞台も控えています。ゴルペはフラメンコの用語。復帰後も、この軸はぶれていません。

2026年現在の活動

2026年の今井翼さんは、映像と舞台の両方で動いている状態。

形態 作品・イベント
映画 『月のこおり』(2025年・主演)
配信ドラマ DMM TV『ドンケツ season2』(2025年)
テレビ NHK BS時代劇『浮浪雲』第6話(2026年)
舞台 『Golpe2026』、大阪松竹座さよなら公演『Gracias Osaka Shochikuza』
ライブ TSUBASA IMAI Live 2026「Treasure」、「Date with You」
出典:松竹エンタテインメント公式プロフィールをもとに作成

2026年2月には、近藤真彦さんとベトナムを旅する番組も放送されました。

大阪松竹座のさよなら公演に名を連ねているのも目を引くところ。松竹の劇場が幕を閉じる節目に呼ばれる立場になったわけです。

ジャニーズを離れてから、舞台人としての評価が積み上がってきた証でしょう。

配信ドラマ『ドンケツ season2』のような作品にも出ていて、役柄の幅も広がっています。かつてのアイドル像とはずいぶん違う顔ぶれの仕事。

そして2026年8月23日には、日本テレビ「おしゃれクリップ」への出演も。

10月17日には45歳の誕生日を迎えます。病気の公表から12年、最初の休養から8年。

ゆっくりではあっても、確実に活動の場を広げてきた歩みです。

2度の休養をはさみながら、そのつど戻ってきた人。

完治を宣言して劇的に復活する、という物語ではありません。付き合いながら、できる範囲で続けていく。そういうやり方を選んできたように見えます。

同じ病気を抱える人にとっては、この歩き方のほうが参考になるのかもしれませんね。

メニエール病は、患者数の多い病気でもあります。有名人が公表することで、病名を知る人が増えたのは確かでしょう。

めまいを「疲れのせい」で片づけてしまう人は少なくありません。繰り返すめまいに耳の症状が伴うなら、耳鼻科という選択肢があることを知っておく価値はあります。

出典:今井翼さん公式Instagram(@tsubasaimai_official)

まとめ

  • 公表されている病名はメニエール病で、2014年11月に診断を受けた
  • 2018年3月に再発して入院し、活動休止からジャニーズ退所につながった
  • 2023年6月にも休養したが、このときの病名は公表されていない
  • メニエール病は指定難病ではなく、指定されているのは遅発性内リンパ水腫のほう
  • 2024年1月に活動を再開し、2026年も舞台やライブを続けている

よくある質問

Q1. 今井翼さんの病気は何ですか?

メニエール病です。内耳にリンパ液がたまることで、めまいや難聴、耳鳴りを繰り返す病気。2014年11月に診断を受けたことを公表しています。

Q2. いつ発症したのですか?

2014年11月に診断を受けました。2018年3月に再発して入院しています。もともと右耳の突発性難聴も患っていました。

Q3. メニエール病は難病ですか?

指定難病ではありません。指定難病になっているのは「遅発性内リンパ水腫」のほうで、告示番号は305です。

Q4. 2023年の休養もメニエール病が原因ですか?

公表されていません。本人は「体調不良の再発」と説明しており、具体的な病名は明らかにされていないんです。

Q5. 顔が変わった、太ったと言われるのはなぜですか?

本人からの説明は確認できていません。年齢による変化という見方もあり、断定できる材料はない状況です。

Q6. 現在は活動しているのですか?

しています。2024年1月に活動を再開し、2026年も映画や舞台、ライブに出演中です。

Q7. 結婚はしていますか?

結婚しているという発表はありません。

Q8. メニエール病はどんな症状が出るのですか?

回転性のめまい、難聴、耳鳴り、耳が詰まる感じなどです。これらが繰り返し起こるのが特徴になります。

Q9. なぜジャニーズを退所したのですか?

治療に専念することと、区切りをつけることが理由として語られてきました。復帰の見通しが立たない状況が背景にあったと見られます。

この記事は2026年8月時点で公表されている情報にもとづいています。病気に関する記述は本人と所属事務所の発表が中心で、医学的な説明は一般的な情報として記載したものです。診断や治療については医療機関にご相談ください。

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