【2026年最新】岡本多緒の旦那は編集者?馴れ初めとカンヌ受賞

【2026年最新】岡本多緒の旦那は編集者?馴れ初めとカンヌ受賞

岡本多緒さんの旦那は、ニューヨークの雑誌編集者テンジン・ワイルドさん。2人を引き合わせたのは、共通の友人であるデザイナーのフィリップ・リムさんでした。

交際約2年後、岡本多緒さんの30歳の誕生日にアイスランドのビーチでプロポーズ。2016年5月1日にスイスのブリッサゴ島で式を挙げています。

この記事でわかることは次の3つです。

  • 旦那・テンジン・ワイルドさんの経歴と国籍
  • フィリップ・リムさんが繋いだ運命の馴れ初め
  • 2026年カンヌ女優賞と第1子妊娠という最新の話題
名前 岡本多緒(おかもと たお)さん/旧芸名TAO
生年月日 1985年5月22日(2026年7月時点で41歳)
出身地 千葉県市川市
学歴 明星学園中学校・高等学校卒業
職業 女優・ファッションモデル
旦那 テンジン・ワイルドさん(編集者・実業家)
結婚 2016年5月1日にスイスで挙式
代表作 ウルヴァリン:SAMURAI/急に具合が悪くなる
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目次

岡本多緒の旦那テンジン・ワイルドと馴れ初め

旦那のテンジン・ワイルドさんは、ニューヨーク発のモード誌「ザ・ラスト・マガジン」を共同創刊した編集者です。スイス人の父とチベット難民の母を持つ、国際色豊かな出自の持ち主なんですよね。

2人の縁を繋いだのはデザイナーのフィリップ・リムさん。岡本多緒さんをトップモデルへ押し上げた人物でもあります。

結論は編集者のテンジン・ワイルド

岡本多緒さんと旦那のテンジン・ワイルドさん夫妻
出典:VOGUE JAPAN(vogue.co.jp

岡本多緒さんの旦那は、テンジン・ワイルド(Tenzin Wild)さんという編集者・クリエイターです。ニューヨークのファッション業界で活躍してきた人物なんです。

代表的な仕事が、ニューヨーク発のモード誌「ザ・ラスト・マガジン(The Last Magazine)」の共同創刊。編集長も務め、業界で確かな存在感を築いてきました。

それ以前は「ヴィジョネア」や「V」といった、モード界で名の知れた雑誌でも編集に携わっています。ファッション誌のプロ中のプロというわけですね。

岡本多緒さんが世界的モデルとしてニューヨークを拠点にしていた時期と、活動の場が完全に重なっていました。出会うべくして出会った2人と言えるでしょう。

顔立ちも端正で、SNSでは「超イケメン」と評判の旦那さん。モデル業界のトップに立つ岡本多緒さんの隣に立っても、まったく見劣りしないんですよね。

ファッション誌の編集長という仕事柄、審美眼は超一流。世界中のクリエイターと渡り合ってきた実力者です。

芸能人同士のカップルではないぶん、メディア露出は控えめ。それでも2023年11月にはVogue Japanのティファニー企画に夫婦そろって登場しています。

この企画では2人の関係性がじっくり語られ、馴れ初めの詳細も明かされました。日本のファンにとって貴重な機会だったんですよね。

テンジンさんの名前は日本ではあまり知られていませんが、ニューヨークのモード界では確かな名前。業界人からの評価は非常に高い人物です。

項目 テンジン・ワイルドさんの情報
職業 編集者・クリエイター・実業家
主な実績 「ザ・ラスト・マガジン」共同創刊・編集長
過去の仕事 「ヴィジョネア」「V」などの編集
国籍 スイス
家族背景 父はスイス人、母はチベット難民
現在 アボード・オブ・スノウCEO兼クリエイティブディレクター

旦那の国籍はスイス?チベットにルーツ

テンジン・ワイルドさんの国籍はスイスとされています。ただルーツはもっと複雑で、そこにこの夫婦の物語の深みがあるんですよね。

父親はスイス人。そして母親は、1950年代の中国によるチベット侵攻を逃れてスイスへ渡ったチベット難民のひとりでした。

「テンジン」という名前自体、チベットで広く使われる名前です。ダライ・ラマ14世の本名にも含まれる、非常に意味の重い名前なんです。

母親がチベットからスイスへ亡命したという背景は、決して軽い話ではありません。家族の歴史そのものが、20世紀の激動と直結しているんですよね。

岡本多緒さん自身、この義母のルーツに深く心を動かされました。チベット系移民の家族を描いた短編映画「My Sweet Pala」を製作しているほどなんですよね。

結婚相手の家族の歴史を、作品として世に送り出す。単なる「嫁いだ先の話」で終わらせないところに、岡本多緒さんの表現者としての姿勢が見えます。

国際結婚というと言葉や文化の壁が心配されがちですが、この夫婦の場合はむしろルーツの違いが創作の源になっている印象です。

岡本多緒さんは高校時代にイギリス留学を経験し、その後フランスやアメリカで活動してきた人。国境をまたぐ生活が当たり前の感覚を持っているんですよね。

馴れ初めはフィリップ・リムの紹介

2人を引き合わせたのは、共通の友人であるファッションデザイナーのフィリップ・リムさんでした。ニューヨークでの出会いだったと伝えられています。

フィリップ・リムさんは、岡本多緒さんにとって恩人とも言える存在。2009年のニューヨーク・コレクションでショーのトップバッターに抜擢してくれた人物です。

このとき岡本多緒さんのマッシュルームカットを気に入ったリムさんは、出演モデル全員を同じ髪型にするという大胆な演出まで行いました。あの「TAOヘアー」誕生の瞬間ですね。

キャリアを開いてくれた人が、人生のパートナーまで繋いでくれた。フィリップ・リムさんは岡本多緒さんの運命を二度変えた人物なんです。

フィリップ・リムさんは「3.1 Phillip Lim」で知られるアメリカの人気デザイナー。タイ生まれの中国系アメリカ人で、多文化的な感性を持つ人物です。

テンジン・ワイルドさんも編集者としてファッション業界にいたため、リムさんとは仕事仲間。共通の友人という表現がぴったりの関係だったのでしょう。

ニューヨークのファッションシーンは、実は驚くほど狭い世界。トップレベルで活動する者同士は自然と繋がる環境なんですよね。

第一印象は声と雰囲気に惹かれた

当時の岡本多緒さんは、特にパートナーを探していたわけではなかったといいます。それでも出会ったその日のうちに惹かれてしまったそうなんです。

Vogue Japanのインタビューによると、決め手になったのは彼の落ち着いた声や、まとう雰囲気だったとのこと。派手さより、静かな深みに心を掴まれたんですね。

モデルとして世界を飛び回っていた時期ですから、周囲には華やかな人が大勢いたはず。そのなかで選ばれたのが、落ち着いた編集者だったというのが素敵です。

見た目のスペックではなく、話し方や空気感で相手を選ぶ。この感覚は、多くの女性が共感するポイントかもしれませんね。

当時の岡本多緒さんは20代半ば、キャリアの絶頂期。恋愛より仕事に集中していた時期に、思いがけず訪れた出会いだったわけです。

「探していないときほど見つかる」とはよく言ったもの。運命的なタイミングだったと考えるのが自然でしょう。

アイスランドでのプロポーズとスイス挙式

交際から約2年後、岡本多緒さんの30歳の誕生日にプロポーズが実現しました。場所はなんとアイスランドのビーチだったんです。

テンジン・ワイルドさんは、旅先のビーチで突然ひざまずいてプロポーズ。完全なサプライズだったと伝えられています。

贈られた指輪は、ゴールドの地金にローズカットダイヤモンドをあしらったもの。きらびやかというより、味わい深いアンティーク調のデザインなんですよね。

誕生日にアイスランドという特別な場所を選ぶあたり、編集者らしい演出力を感じます。物語を作る仕事をしている人ならではのプロポーズでした。

アイスランドはオーロラや氷河で知られる、地球の果てのような絶景の地。ロマンチックというより、荘厳という言葉が似合う場所ですよね。

定番の高級レストランや夜景ではなく、荒々しい自然のなかを選ぶ。この感性こそが、2人の関係性を象徴しているように思えます。

結婚式は2016年5月1日、スイスのブリッサゴ島で執り行われました。旦那の故郷であるスイスを選んだところに、家族への想いが表れています。

ブリッサゴ島はマッジョーレ湖に浮かぶ小さな島で、植物園があることで知られる美しい場所。ロマンチックな挙式にはこれ以上ない舞台でした。

ウェディングドレスは、2人の縁を繋いだフィリップ・リムさんが手がけました。紹介者がドレスまで作るという、なんとも完璧な物語ですよね。

モデルとして数え切れないほどのドレスを着てきた岡本多緒さん。それでも人生最高の1着を、恩人に託したという事実が胸を打ちます。

式は華美な芸能人ウェディングとは対照的に、自然に囲まれた静かなもの。2人の価値観がそのまま形になった1日だったのでしょう。

結婚から2026年で10年目。派手な話題を作らず、静かに関係を育ててきた夫婦なんですよね。

2021年には結婚記念日を祝うインスタ投稿も。「よく忘れちゃうけど」というユーモラスなコメント付きで、肩の力の抜けた関係性が伝わってきます。

記念日を厳格に守るタイプではなく、日々の積み重ねを大切にする夫婦。長続きするカップルの典型例と言えるかもしれません。

時期 2人の歩み
2009年 岡本多緒さんがフィリップ・リムのショーでブレイク
2010年代前半 フィリップ・リムの紹介でニューヨークで出会う
2015年5月22日頃 30歳の誕生日にアイスランドでプロポーズ
2016年5月1日 スイス・ブリッサゴ島で挙式
2020年 夫婦でブランド「アボード・オブ・スノウ」を立ち上げ
2023年11月 Vogue Japanでティファニーの企画に夫婦で登場
2026年5月25日 カンヌ女優賞受賞、妊娠中の姿を披露

岡本多緒の経歴と2026年カンヌ女優賞

岡本多緒さんは1985年5月22日生まれ、千葉県市川市出身。14歳でモデルデビューし、2009年にニューヨークで世界的ブレイクを果たしました。

2026年5月25日、濱口竜介監督「急に具合が悪くなる」でカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞。日本人として初の快挙を成し遂げています。

身長と年齢は?基本プロフィール

岡本多緒さんは1985年5月22日生まれで、2026年7月時点では41歳です。千葉県市川市の出身なんですよね。

女優・モデルの岡本多緒さん
出典:毎日新聞(mainichi.jp

身長は175cmとされ、日本人女性としてはかなりの長身。実は子供の頃はこの高さがコンプレックスで、中学生のときは朝礼で膝を曲げて並んでいたそうです。

コンプレックスだった長身が、そのまま世界で戦う武器になりました。14歳でモデルデビューを決めた家族の後押しも大きかったんでしょうね。

名前の「多緒」は、タオイズム(道教)に由来します。母親は男の子だと思って「丹生」と名付ける予定でしたが、女の子だったため女性らしい漢字に変えたという逸話も。

家族構成は父・母・姉・妹・祖母。東京都三鷹市の明星学園中学校・高等学校を卒業しています。

髪型についても気になる声が多いのですが、あのマッシュルームカットは「TAOヘアー」として世界中で真似される社会現象になりました。

音楽好きで、小中学校は吹奏楽部、高校は合唱部、大学では声楽を専攻。いまもニューヨークでブロードウェイミュージカルをよく観に行くそうです。

旧芸名は「TAO」表記。海外では「Tao Okamoto」として広く知られており、日本より海外での知名度のほうが高い時期もあったんですよね。

TAOヘアーで世界的ブレイク

長身を生かそうと14歳でモデルデビュー。2004年9月に日本のエージェンシー、エナジーに所属してキャリアをスタートさせました。

転機は2006年、高校時代のイギリス留学で培った語学力を武器に単身で渡仏したこと。日本を飛び出す決断が、後の飛躍につながります。

そして2009年2月、ニューヨーク・コレクションの時期に長い黒髪をマッシュルームカットへ変更。これが世に言う「TAOヘアー」の誕生でした。

この髪型変更が、まさに人生を変えた一手。多くのエージェントやメゾンの目に留まり、2009-2010年秋冬コレクションで一気にブレイクします。

長い黒髪を切るという決断は、モデルにとって大きな賭け。それでも思い切った岡本多緒さんの勝負勘が、すべての扉を開いたんです。

この年、ロンドン・ミラノ・パリを含め計58ブランドのショーに出演。これは世界第5位という驚異的な出演数だったんです。

2009年4月にはスタイルドットコムが選ぶ新人モデル10人に選出。同年6月には第52回FEC賞のモデル・オブ・ザ・イヤーも受賞しました。

Vogue Nippon 2009年11月号では表紙と誌面のファッションストーリー全てに起用されるという、同誌史上初の大抜擢も。まさに時代の顔でした。

ラルフ・ローレン、エンポリオ・アルマーニ、ドルチェ&ガッバーナ、KENZOなど、名だたるブランドのキャンペーンにも出演しています。

岡本多緒さんの主な実績
1985年5月22日 千葉県市川市に生まれる
1999年頃 14歳でモデルデビュー
2006年 単身でフランスへ渡る
2009年 TAOヘアーで世界ブレイク、58ブランドに出演
2009年6月 第52回FEC賞 モデル・オブ・ザ・イヤー受賞
2013年 「ウルヴァリン:SAMURAI」でハリウッド女優デビュー
2016年 「バットマン vs スーパーマン」に出演
2023年 「沈黙の艦隊」に出演
2026年5月25日 カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞

ハリウッドから世界的女優へ

2013年、映画「ウルヴァリン:SAMURAI」の矢志田真理子役でハリウッド女優デビューを果たします。ヒロイン役という大抜擢でした。

演技未経験からいきなりハリウッド大作のヒロイン。プレッシャーは相当だったはずですが、ここで新しいキャリアの扉を開きました。

モデルとしてピークにいた時期に、あえてゼロから女優業に挑む。安定を捨てて挑戦する姿勢は、髪型を変えた2009年の決断と重なりますよね。

2016年には「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」にも出演。アメリカのテレビシリーズ「ハンニバル」や「高い城の男」にも参加しています。

国内では2014年のWOWOWドラマ「血の轍」で女優活動を開始。2017年には映画「クロスロード」で邦画初主演を務めました。

アジア人初のラルフ・ローレン広告起用など、モデル時代から「初」を積み重ねてきた人。その姿勢が女優としても実を結んでいますよね。

2017年にはジョン・ウー監督、福山雅治さん主演の「追捕MANHUNT」にも出演。アジア圏の大作でも存在感を発揮しました。

2018年には三池崇史監督「ラプラスの魔女」、2023年には「沈黙の艦隊」と、日本の話題作にも継続的に参加しています。

モデル出身の女優は演技面で厳しい目で見られがちですが、岡本多緒さんは10年以上かけて着実に実績を積み上げてきました。

2019年には初主演映画「She’s just a shadow」やトライベッカ映画祭選出の「Lost Transmissions」にも出演。海外の映画祭常連となっていきます。

2018年のサウス・バイ・サウスウェスト映画祭に選出された「PERFECT」など、インディペンデント作品にも積極的に参加してきました。

2026年カンヌ女優賞という快挙

2026年5月25日、第79回カンヌ国際映画祭で岡本多緒さんは最優秀女優賞を受賞しました。日本人として同部門初の受賞という歴史的快挙です。

受賞作は濱口竜介監督の「急に具合が悪くなる」。フランス人俳優のヴィルジニー・エフィラさんとのダブル主演で、賞も共同受賞となりました。

ヴィルジニー・エフィラさんはフランス映画界を代表する実力派。その俳優と並んで賞を分け合ったという事実が、演技力の証明そのものです。

モデル出身、しかも日本人がフランス映画界の名優と対等に評価される。これは日本映画史に残る出来事だと考えるのが自然でしょう。

WWDジャパンによると、授賞式ではシャネルのマチュー・ブレイジーによるカスタムドレスを着用。第1子を妊娠中の姿を披露して大きな話題を呼びました。

同作は環境に配慮した映画製作を評価する「Ecoprod Cannes 2026」も受賞。日本では6月19日から全国公開されています。

濱口竜介監督といえば「ドライブ・マイ・カー」でアカデミー賞国際長編映画賞を受賞した世界的な映画作家。その最新作でのダブル主演という大役でした。

環境賞との同時受賞は、環境問題に強い関心を持つ岡本多緒さんにとってこの上ない巡り合わせ。作品と本人の思想が完全に重なった形です。

日本人女優のカンヌ女優賞は長年の悲願でした。それを41歳、しかも妊娠中に達成したという事実に、多くの人が勇気をもらったはずですよね。

子供は?第1子妊娠を発表

「岡本多緒さんに子供はいるの?」という声も多いのですが、2026年5月のカンヌで第1子を妊娠中であることが明らかになりました。

結婚から10年目での妊娠発表。仕事に全力投球してきた夫婦にとって、大きな節目のニュースとなりました。

人生最大の栄誉であるカンヌ女優賞と、新しい命の誕生が重なるという劇的なタイミング。これ以上ないハッピーな2026年ですよね。

なお出産時期や子供の性別など、詳細は公表されていません。プライバシーを守る姿勢は、この夫婦らしい選択と言えるでしょう。

レッドカーペットでのマタニティドレス姿は、世界中のメディアが報じました。妊娠を隠さず堂々と歩く姿は、時代の空気そのものでしたよね。

かつては妊娠を伏せて仕事をする女優も多かった時代。それを堂々と見せる選択には、多くの女性が背中を押されたはずです。

40代での第1子妊娠は、同世代の女性に大きな希望を与えるニュース。キャリアと家庭のどちらも諦めない生き方の体現者です。

結婚から妊娠まで約10年という時間の使い方も、この夫婦らしい選択。世間のタイムラインではなく、自分たちのペースで歩んできた証拠です。

岡本多緒さんのInstagramでも、日常や仕事の様子が発信されています。ただ家族に関する詳細な投稿は控えめなスタンスなんですよね。

夫婦でブランド経営という現在

2020年、岡本多緒さんとテンジン・ワイルドさんは夫婦で高級アウターウェアブランド「アボード・オブ・スノウ(Abode of Snow)」を立ち上げました。

テンジン・ワイルドさんがCEO兼クリエイティブディレクターを務めています。編集者としての美意識を、自身のブランドで表現する道を選んだわけです。

ブランド名の「Abode of Snow(雪の住処)」は、チベットを指す古い呼び名。旦那のルーツが、そのままブランドの根幹になっているんですよね。

高級アウターウェアという商材も、雪深いチベットやスイスのイメージと直結しています。ブランドの世界観に一切のブレがありません。

岡本多緒さんはモデルとして数々のブランドを内側から見てきた人。その経験がブランド運営にも活きているはずです。

夫がクリエイティブを担い、妻が世界的な発信力を持つ。ファッションブランドとしては理想的な布陣と言えるでしょう。

Vogue Japanによると、ブランドはテンジンさんのルーツであるチベットと、岡本多緒さんのルーツである日本の伝統をミックスしたサステナブルなアイテムを展開しています。

2人のバックグラウンドが、そのまま製品コンセプトになっているわけです。夫婦でやる意味が明確なブランドなんですよね。

岡本多緒さんは環境活動家グレタ・トゥーンベリさんを尊敬し、気候変動やヴィーガニズムを語るポッドキャストも配信中。夫婦そろって信念で動くタイプなんです。

モデル・女優として稼いだ知名度を、社会課題の発信に使う。この姿勢は海外セレブでは一般的ですが、日本人としては珍しい部類ですよね。

夫婦で会社を経営しながら、それぞれのキャリアも維持する。対等なパートナーシップという言葉が、これほど似合う夫婦もなかなかいません。

Vogue Japanの企画では、国籍や文化、ジェンダーロールを軽やかに超えるモダンなパートナーシップとして紹介されました。まさにその通りの2人ですよね。

ちなみに2人はニューヨークからマリブへ移り、2023年秋には活動拠点を東京へ移しています。国境をまたいで暮らしを組み替えていく身軽さも印象的です。

ニューヨーク時代は週末にコネチカット州のウィークエンドハウスで過ごすのが定番だったそう。自然の中でリセットするのが2人のスタイルなんですね。

2026年は女優賞受賞と出産という大きな節目。ブランド経営と育児の両立という、新しいステージが始まろうとしています。

馴れ初めのまとめとよくある質問

岡本多緒さんの旦那は編集者のテンジン・ワイルドさん。フィリップ・リムさんの紹介でニューヨークで出会い、アイスランドでのプロポーズを経て結ばれました。

  • 旦那は「ザ・ラスト・マガジン」共同創刊者のテンジン・ワイルドさん
  • 国籍はスイス。父はスイス人、母はチベット難民という背景を持つ
  • 馴れ初めはデザイナー、フィリップ・リムさんの紹介
  • 30歳の誕生日にアイスランドでプロポーズ、2016年5月1日に挙式
  • 2026年5月にカンヌ女優賞を受賞し、第1子妊娠も明らかに

モデルから女優へ、そして母へ。岡本多緒さんの物語は、いままさに最も輝く章に入ったところなのかもしれませんね。

旦那の存在が語られるとき、必ず「支え合う対等な関係」という言葉が出てきます。片方が我慢する形ではない結婚の形が、そこにあるんです。

ニューヨークでの出会いから10年以上。世界を舞台に活動する2人の物語は、これからも続いていきます。

「旦那は誰?」から始まった興味が、いつのまにか国境や文化を超える生き方の話になっている。それがこの夫婦の面白さなんですよね。

Q1.岡本多緒さんの旦那は誰ですか?

ニューヨークで活動する編集者・クリエイターのテンジン・ワイルドさんです。モード誌「ザ・ラスト・マガジン」を共同創刊し編集長を務めたほか、「ヴィジョネア」「V」などの雑誌にも携わってきました。2020年からは夫婦でブランド「アボード・オブ・スノウ」を経営しています。

Q2.2人の馴れ初めを教えてください

共通の友人であるファッションデザイナーのフィリップ・リムさんの紹介で、ニューヨークにて出会いました。岡本多緒さんは当時パートナーを探していませんでしたが、彼の落ち着いた声や雰囲気にその日のうちに惹かれたとVogue Japanで語っています。

Q3.プロポーズと結婚はいつですか?

交際から約2年後、岡本多緒さんの30歳の誕生日にアイスランドのビーチでサプライズプロポーズを受けました。指輪はゴールドにローズカットダイヤをあしらったもの。結婚式は2016年5月1日、スイスのブリッサゴ島で行われ、ドレスはフィリップ・リムさんが手がけています。

Q4.旦那の国籍はどこですか?

スイスとされています。父親がスイス人で、母親は1950年代の中国によるチベット侵攻を逃れてスイスへ渡ったチベット難民です。このルーツは、夫婦で立ち上げたブランド名「アボード・オブ・スノウ」にも反映されています。

Q5.子供はいますか?

2026年5月25日のカンヌ国際映画祭で、第1子を妊娠中であることが明らかになりました。授賞式ではシャネルのカスタムドレスでマタニティ姿を披露しています。出産時期や性別などの詳細は公表されていません。

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