辺見えみりの娘の父親は松田賢二!?13歳の現在と家族の現在は?

辺見えみりの娘の父親は松田賢二!?13歳の現在と家族の現在は?

辺見えみりさんの娘さんの父親は、2番目の夫だった俳優・松田賢二さんです。2013年6月13日生まれの長女で、2018年の離婚後も父娘の交流は続いています。

辺見えみりさん自身の父親は、2022年に亡くなった歌手・俳優の西郷輝彦さん。「娘の父親」と「えみりさんの父親」、どちらも気になる声が多い話題なんですよね。

この記事でわかることは次の3つです。

  • 娘さんの父親・松田賢二さんの人物像と離婚後の関係
  • 2026年6月に13歳を迎えた娘さんの現在と学校の噂
  • 辺見えみりさん自身の父・西郷輝彦さんと複雑な家族史
名前 辺見えみり(へんみ えみり)さん
生年月日 1976年12月16日(2026年7月時点で49歳)
出身地 東京都
所属 太田プロダクション
西郷輝彦さん(歌手・俳優/2022年2月20日死去)
辺見マリさん(歌手)
結婚歴 木村祐一さん(2006〜2008年)/松田賢二さん(2011〜2018年)
子供 長女1人(2013年6月13日生まれ)
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目次

辺見えみりの娘の父親は俳優の松田賢二

娘さんの父親は、仮面ライダーシリーズで知られる俳優・松田賢二さんです。2011年3月8日に結婚し、2013年6月13日に長女が誕生しました。

2018年2月に離婚しましたが、娘さんは今も父の家を行き来しており、2人で協力して育てるスタイルが続いています。

結論は2番目の夫だった松田賢二

タレント・女優の辺見えみりさん
出典:ORICON NEWS(oricon.co.jp

辺見えみりさんの娘さんの父親は、俳優の松田賢二さんで間違いありません。2人は2010年5月の舞台「罠」での共演をきっかけに交際をスタートさせました。

2011年3月8日に婚姻届を提出し、同年6月8日には東京・明治神宮で挙式。芸能界でも祝福されたカップルだったんですよね。

そして2013年6月13日、体重3054gの長女が誕生。36歳での初出産でした。

当時のブログには「産まれた瞬間、我が子を抱っこして、嬉しくて涙が止まりませんでした」「こんな素敵な気持ちは初めてです」と綴られています。母になった喜びがあふれる言葉ですよね。

なお最初の夫だったお笑い芸人・木村祐一さんとの間に子供はいません。「娘の父親は木村祐一さんでは?」という誤解も一部にありますが、これは事実ではないんです。

妊娠発表は2013年1月8日、妊娠5カ月の時点でした。当時の夫・松田賢二さんと実父の西郷輝彦さんが、そろって大喜びしたと報じられています。

予定日は7月4日と公表されていましたが、実際は6月13日に前倒しで誕生。山王病院で産まれた娘さんは、西郷輝彦さんにとって初孫となりました。

出産直後には夫婦それぞれのブログに親子3人のショットが掲載され、幸せいっぱいの写真が話題に。当時の2人は誰が見ても理想的なファミリーだったんですよね。

妊娠中は安定期に入るまで関西の番組を欠席するなど、慎重に体調管理を続けていました。5月3日には歌番組の収録を最後に産休入りしています。

ただ自身がプロデュースするアパレルの店については継続すると発表。母になっても仕事の手綱を離さない、いかにも辺見えみりさんらしい姿勢でした。

松田賢二はどんな俳優?仮面ライダーの顔

松田賢二さんは1971年9月23日生まれ、大阪府茨木市出身の俳優です。オスカープロモーション所属で、2026年時点で54歳になります。

辺見えみりさんの娘の父親である俳優の松田賢二さん
出典:オスカープロモーション公式サイト(oscarpro.co.jp

大阪府立高槻南高校を卒業後、劇団俳優座養成所へ。2000年の映画「VERSUS -ヴァーサス-」でデビューしたのは29歳のときで、俳優としてはかなりの遅咲きでした。

ブレイクのきっかけは2005年の「仮面ライダー響鬼」。ザンキ/仮面ライダー斬鬼役でレギュラー出演し、その後も「仮面ライダーキバ」の次狼役など、特撮ファンにはおなじみの存在です。

2019年公開のディズニー映画「アナと雪の女王2」では、新キャラクター・マティアス役の日本語吹き替えを担当。渋い低音ボイスが評価され、声優としても活躍の場を広げてきました。

見た目は精悍で渋いのに、実は甘い物好きでお酒は苦手、しかも照れ屋という意外なギャップの持ち主。イラストの腕前も玄人はだしで、映画パンフレットの人物相関図を自ら描いたこともあるんです。

そして何より有名なのが、娘さんへの溺愛ぶり。ウィキペディアにも「元妻の辺見えみりとの間に生まれた愛娘をとても溺愛している」と記されるほどなんですよね。

娘さん誕生時には、シネマトゥデイなどが「デレデレ」と報じるほどの喜びよう。初の3ショット写真も披露され、父になった感激が全面に出ていました。

辺見えみりさんより5歳年上で、結婚当時は39歳。落ち着いた大人の男性として、当時のえみりさんを支える存在だったのでしょう。

項目 内容
名前 松田賢二(まつだ けんじ)さん
生年月日 1971年9月23日(2026年7月時点で54歳)
出身地 大阪府茨木市
所属 オスカープロモーション
デビュー 2000年 映画「VERSUS -ヴァーサス-」
代表作 仮面ライダー響鬼/仮面ライダーキバ/アナと雪の女王2
辺見えみりさんとの結婚 2011年3月8日
離婚 2018年2月25日

離婚後も続くパパ宅への行き来

2018年2月25日、辺見えみりさんはブログで松田賢二さんとの離婚を発表しました。娘さんは当時4歳。親権は辺見えみりさんが持ち、シングルマザーとしての生活が始まります。

ただ離婚後も、2人は「協力し合って子育てしていく」というスタンスを貫いてきました。娘さんは母と暮らしながら、ときどき父の家に泊まりに行く生活を続けているんですよね。

辺見えみりさんは自身のInstagramで「娘がパパ宅に行っているときのごはんの記録」と題した投稿をしたこともあります。父娘の時間を、母親としてごく自然に受け入れている様子が伝わってきますよね。

離婚後に元夫を悪く言わず、むしろ「娘のパパ」として敬意を持ち続ける姿勢。ここが辺見えみりさんの人柄がにじむ、いちばん素敵なポイントかもしれません。

離婚理由については、どちらも詳しくは語っていません。すれ違いや価値観の違いが指摘されていますが、これは推測の域を出ない話なんです。

確かなのは、2人が娘さんを最優先に据えた「共同養育」を実践してきたという事実。近年ようやく日本でも広がってきた考え方を、8年も前から自然に実践していたわけですよね。

松田賢二さん側も娘さんとの時間を大切にしており、父親としての役割を降りていません。離婚しても親であることは変わらないという、当たり前で難しいことをやり続けている2人です。

なお松田賢二さんの再婚については、確かな報道は確認できません。「誰と再婚した?」という気になる声もありますが、公式発表がない以上は憶測にすぎないんですよね。

娘さんが13歳になったいまも交流が続いているという事実こそ、2人の関係が良好であることの何よりの証拠。子供にとって最良の形を選び続けた結果でしょう。

芸能人の離婚では親権争いや面会制限が報じられることも珍しくありません。そのなかで淡々と父娘の時間が守られているのは、本当に稀有なケースなんですよね。

「離婚は夫婦の問題であって、親子の問題ではない」。2人の行動は、この当たり前を体現しているように見えます。

13歳の誕生日に綴った娘のパパへの感謝

2026年6月、娘さんは13歳の誕生日を迎えました。辺見えみりさんはInstagramで、赤ちゃん時代の貴重な2ショットとアットホームな誕生日会の様子を公開しています。

デイリースポーツによると、投稿には「13年ってあっという間ですね」「今私達が笑顔でいられるのは周りで支えてくれている人たちのおかげ」という言葉が綴られていました。

そして注目を集めたのが「娘のパパにも感謝」という一文。離婚から8年が経ったいまも、父親としての松田賢二さんに感謝を伝える姿勢に、多くの共感が寄せられました。

離婚した相手を公の場で「感謝」と表現できる人は、そう多くありません。娘さんにとっての父を尊重するという一貫した姿勢が、この短い言葉に凝縮されているんです。

娘さんの現在については「夢を持ち始めて毎日楽しく学校に行き、人思いな女の子に育っています」と紹介。中学生になり、自分の道を歩き始めている様子が伝わってきますね。

投稿の締めくくりでは「全力でサポート」していく姿勢を宣言。夢を持ち始めた娘さんを、母として後押ししていく決意がにじむ言葉でした。

1年前の12歳の誕生日には、オリコンによると親子ショットを公開して「愛情あふれる写真」「ママに似て素敵な女性に」と多くの反響が寄せられていました。毎年恒例の投稿を楽しみにするファンも多いんですよね。

13歳といえば、そろそろ思春期の入り口。それでも母娘で誕生日会を開き、その様子を共有できる関係性は、なかなか築けるものではないでしょう。

投稿には「周りで支えてくれている人たち」への感謝も。祖母の辺見マリさんをはじめ、家族や友人に支えられながらの13年だったことがうかがえます。

シングルマザーとして12年以上、仕事と育児を両立させてきた重みがこの言葉には詰まっています。同じ立場の女性から共感のコメントが殺到したのも納得なんですよね。

娘の名前や顔画像は公表されている?

娘さんの本名は公表されていません。ネット上では「すみれ」「こころ」といった名前の噂が出回っていますが、いずれも根拠のある情報ではないんです。

「すみれ説」の出どころは、娘さんが紫色を好むというエピソードから連想されたもの。あくまで憶測の域を出ないので、そのまま信じるのは避けたいところですよね。

辺見えみりさんはInstagramでも娘さんを「娘」と表記し、名前を出したことは一度もありません。一般人である娘さんを守るための、意識的な線引きなんです。

顔画像についても、辺見えみりさんは慎重な姿勢を貫いています。Instagramに登場する際は後ろ姿や横顔、顔が隠れる角度の写真がほとんどで、正面のはっきりした顔出しはしていません。

13歳という多感な年齢を考えれば、この配慮は当然でしょう。母として娘のプライバシーを守り抜く姿勢は、芸能人の子育てとして理想的な距離感といえます。

興味深いのは、それでも娘さんの日常や成長は積極的にシェアしている点。顔は出さず、でも母子の関係性は伝える。この絶妙なバランスがフォロワーの共感を集めているんです。

近年は芸能人の子供が幼いうちからSNSに顔出しするケースも増えました。そのなかで一線を引き続ける辺見えみりさんの判断は、あとから娘さん本人が感謝する選択かもしれませんね。

13歳の誕生日投稿で公開されたのも、幼少期の貴重な2ショット。現在の顔ではなく、あえて赤ちゃん時代の写真を選ぶあたりに配慮が行き届いています。

通っている学校はインターか名門私立か

娘さんの学校名も非公表です。ただ、複数のメディアやブログが「インターナショナルスクール説」と「名門私立説」の2つを挙げています。

根拠として語られるのが、英語の家庭教師をつけていることや、ピアノをはじめとする複数の習い事に通っていること。教育環境にかなり力を入れている家庭であることは間違いなさそうです。

青山学院・成城学園・和光学園といった芸能人の子供が多く通う私立校の名前も挙がりますが、辺見えみりさん本人がこれらを認めた事実はありません。

確かなのは「毎日楽しく学校に行っている」という母の言葉だけ。学校名の詮索より、娘さんが充実した学生生活を送っている事実に目を向けたいところなんです。

辺見えみりさん自身は4歳からクラシックバレエを始め、松山バレエ団に所属してプロを目指した過去があります。膝を壊して断念しましたが、幼少期から本気で打ち込む環境を与えられて育った人なんですよね。

その経験があるからこそ、娘さんにも早いうちから多様な選択肢を用意しているのでしょう。習い事の多さは「やりたいことを見つけてほしい」という母心の表れと考えるのが自然です。

「夢を持ち始めた」という13歳の誕生日投稿の言葉が、まさにその成果。母が敷いたレールではなく、娘さん自身が見つけた夢というのが素敵ですよね。

娘さんが芸能界入りするのかも気になるところですが、現時点でその動きはありません。祖父・西郷輝彦さん、祖母・辺見マリさん、両親とも芸能人という血筋だけに、将来が楽しみです。

ただ辺見えみりさん自身が「一般人として守る」姿勢を徹底している以上、少なくとも中学生のうちは表舞台に出る可能性は低いでしょう。

辺見えみりの父親は西郷輝彦 複雑な家族史

辺見えみりさん自身の父親は、歌手・俳優の西郷輝彦さんです。母は歌手の辺見マリさん、兄はミュージシャンの辺見鑑孝さんという、まさに芸能一家に生まれました。

ただ4歳のときに両親が離婚し、父の存在を長く知らずに育った複雑な生い立ちも抱えています。

父・西郷輝彦と母・辺見マリの離婚

父は1960年代の御三家として一世を風靡した歌手・西郷輝彦さん。母は「経験」などのヒットで知られる歌手の辺見マリさんです。

辺見えみりさんの父親である歌手・俳優の西郷輝彦さん
出典:Wikimedia Commons(commons.wikimedia.org

2人は1972年に軽井沢で極秘挙式を挙げ、1974年に長男・辺見鑑孝さん、1976年に辺見えみりさんが誕生しました。当時としては最高クラスの芸能人カップルだったんですよね。

しかし辺見えみりさんが4歳のとき、両親は離婚。母親に引き取られ、辺見姓で育つことになりました。

母・辺見マリさんは離婚後も歌手・タレントとして活動を続け、シングルマザーとして2人の子供を育て上げています。えみりさん自身が母となったいま、その苦労を実感する場面も多いのではないでしょうか。

兄の辺見鑑孝さんはミュージシャンとして活動し、のちに辺見プロモーションの社長に就任。母と妹が所属する事務所を家族で運営するという、独特のスタイルを長年続けてきました。

辺見えみりさんが14歳で芸能界入りしたのは、渋谷の美容室で髪を切っていたところをスカウトされたのがきっかけ。芸能一家の出とはいえ、親の七光りで入った世界ではなかったんですよね。

デビューは1993年のドラマ「いちご白書」。16歳での本格デビューから30年以上、第一線で活躍し続けているのは並大抵のことではありません。

父を西城秀樹だと思っていた驚きの子供時代

辺見えみりさんの生い立ちで有名なのが、父親を西城秀樹さんだと思い込んでいたというエピソードです。

母親からは「父親も芸能人で、名前に西の付く、歌を歌っている人」としか教えられていなかったそう。当時、西郷輝彦さんは歌手活動より時代劇に力を入れていた時期でした。

一方で西城秀樹さんは歌手として大ブレイク中。幼いえみりさんはテレビで西城秀樹さんを見るたび「この人がお父さんか」と思っていたと明かしています。

笑い話のように語られていますが、父親の顔も名前も知らずに育つというのは、子供にとって相当に重い体験だったはず。それを笑いに変えて話せる強さこそ、辺見えみりさんらしさなんですよね。

成長してからは父・西郷輝彦さんとの交流も復活し、テレビ番組で共演する姿も見られるようになりました。時間をかけて親子の関係を築き直していったわけです。

この生い立ちがあるからこそ、辺見えみりさんは「娘と父親の関係」を何より大切にしているのかもしれません。自分が経験できなかったものを、娘には与えたいという思いですよね。

父の名前を伏せた母を責めるのではなく、その事情も受け止めたうえで自分の子育てに生かす。この成熟した向き合い方が、多くの読者の胸を打つポイントなんです。

2022年の父の死と異母妹・今川宇宙との出会い

父・西郷輝彦さんは2022年2月20日、前立腺がんのため75歳で亡くなりました。長い闘病生活の末の別れでした。

娘さんが生まれた2013年当時、西郷輝彦さんは初孫の誕生を大変喜んだと伝えられています。孫を通じて父娘の距離が縮まった時期でもあったのでしょう。

そして西郷輝彦さんの死をきっかけに、辺見えみりさんは異母妹であるアイドルの今川宇宙さんと初めて対面しました。父の葬儀の場が、姉妹の出会いの場になったんです。

以降、2人は交流を持つようになったと報じられています。父を失ったことで新しい家族のつながりが生まれるという、なんとも人生らしいエピソードですよね。

今川宇宙さんはアイドルとして活動しており、辺見えみりさんとは20歳以上の年の差があります。同じ父を持ちながらまったく違う人生を歩んできた姉妹なんです。

西郷輝彦さんは1960年代に橋幸夫さん・舟木一夫さんと並ぶ「御三家」として一世を風靡した大スター。「星のフラメンコ」などのヒット曲で知られ、晩年は時代劇俳優としても活躍しました。

父の死は、辺見えみりさんにとって大きな出来事だったはずです。ようやく築き直した親子の時間が終わってしまったわけですから。

だからこそ、娘さんと松田賢二さんの父娘関係を守り続けているのかもしれません。父親という存在の重さを、誰よりも知っている人なんですよね。

辺見えみりさんの家族の出来事
1972年 父・西郷輝彦さんと母・辺見マリさんが軽井沢で極秘挙式
1976年12月16日 辺見えみりさん誕生
1981年頃 4歳のときに両親が離婚、母に引き取られる
2006年1月9日 木村祐一さんと結婚(1度目)
2008年4月25日 木村祐一さんと離婚
2011年3月8日 松田賢二さんと結婚(2度目)
2013年6月13日 長女誕生(父は松田賢二さん)
2018年2月25日 松田賢二さんと離婚
2022年2月20日 父・西郷輝彦さんが75歳で死去
2026年6月 長女が13歳の誕生日を迎える

2度の離婚を経てたどり着いた家族のかたち

辺見えみりさんは2006年にお笑い芸人の木村祐一さんと結婚し、2008年に離婚。5回目のデートでプロポーズされたスピード婚として当時話題になりました。

2011年に松田賢二さんと再婚し、2018年に離婚。2度の離婚を経験しているわけですが、そのたびに前を向いてきた姿は多くの女性から支持を集めています。

2011年7月に発売したエッセイでは、木村祐一さんとの離婚の真相を赤裸々に明かしました。自分の弱さも失敗も隠さない誠実さが、彼女の魅力そのものなんですよね。

いまはシングルマザーとして娘さんとの2人暮らし。母・辺見マリさんが歩んだ道を、時代を変えて自分もたどっているのは、なんとも運命的な巡り合わせだと感じます。

木村祐一さんとは2005年10月の「ダウンタウンDX」共演で意気投合し、11月末の5回目のデートでプロポーズ。翌2006年1月9日に婚姻届を提出という電撃的な展開でした。

2度の結婚と離婚を経て、いま辺見えみりさんが選んだのは再婚を急がない生き方。娘さんとの時間を最優先にする選択が、彼女にとっての幸せなんでしょうね。

「バツ2のシングルマザー」という肩書だけ見ればネガティブに聞こえますが、実際の発信からは充実感しか伝わってきません。この明るさこそ、同世代女性が惹かれる理由なんです。

木村祐一さんとの結婚生活は約2年3カ月、松田賢二さんとは約7年。それぞれの時間が、いまの辺見えみりさんを形づくっているのでしょう。

2026年現在の活動とライフスタイル

辺見えみりさんは2017年12月に太田プロダクションへ移籍し、24年半在籍した兄・辺見鑑孝さんの辺見プロモーションを離れました。育児が落ち着き、バラエティへの復帰を目指しての決断です。

2013年にはベイクルーズ傘下のアパレルブランド「Plage(プラージュ)」を立ち上げ、5年間コンセプターを務めました。ファッションアイコンとしての影響力も抜群です。

現在はInstagram(@emiri_hemmi)を中心に、日々の暮らしやファッション、料理を発信中。等身大のライフスタイルが同世代女性から圧倒的に支持されています。

49歳になった2026年も、自然体でおしゃれな暮らしを見せてくれる存在。無理をしない大人の女性像として、これからも長く愛されていくでしょう。

1995年からの「スーパーJOCKEY」出演で毒舌キャラとしてブレークし、いわゆるバラドルの代表格に。2001年には「オールスター感謝祭」で優勝するなど、頭の回転の速さでも知られてきました。

その毒舌キャラも、いまでは丸くなったと本人が語っています。母になって変わった部分と、変わらない芯の強さ。その両方が見えるのが今の辺見えみりさんの魅力なんですよね。

Instagramの投稿では手料理の写真も定番で、「娘が帰って来るまで」といった日常の一コマが人気。飾らない暮らしの記録が、多くの人の癒やしになっています。

「Plage」時代に培ったファッションセンスは今も健在で、大人カジュアルのお手本として参考にする女性が続出。ブランド退任後も影響力は衰えていません。

娘さんが中学生になり、子育ても新しいフェーズへ。仕事のペースを上げていく可能性もあり、2026年以降の活動から目が離せない存在です。

娘と父親のまとめとよくある質問

「辺見えみりさんの娘の父親は誰?」の答えは、俳優の松田賢二さん。そして辺見えみりさん自身の父親は、故・西郷輝彦さんです。

  • 娘さんの父親は俳優の松田賢二さん。2013年6月13日に長女が誕生
  • 2018年2月に離婚も、娘さんは今も父の家を行き来する良好な関係
  • 2026年6月に13歳の誕生日を迎え、母は「娘のパパにも感謝」と投稿
  • 娘さんの名前・顔画像・学校名はいずれも非公表でプライバシー重視
  • 辺見えみりさん自身の父は西郷輝彦さん。2022年2月20日に75歳で死去

父が誰かを知らずに育った少女が、いまは娘の父親に感謝を伝える母になっている。この対比こそが、辺見えみりさんという人の物語の核なんですよね。

毎年の誕生日投稿は、いわば母娘の成長記録。来年の14歳の投稿では、どんな言葉が綴られるのか楽しみに待ちたいところです。

Q1.辺見えみりさんの娘の父親は誰ですか?

2番目の夫だった俳優の松田賢二さんです。2011年3月8日に結婚し、2013年6月13日に長女が誕生しました。2018年2月に離婚していますが、娘さんは今も父の家に行き来しており、良好な関係が続いています。

Q2.最初の夫・木村祐一さんとの間に子供はいますか?

いません。木村祐一さんとは2006年1月に結婚し2008年4月に離婚しましたが、この結婚では子供は生まれていません。娘さんは2番目の夫・松田賢二さんとの間に生まれた1人だけです。

Q3.娘の名前や顔写真は公表されていますか?

いずれも公表されていません。「すみれ」「こころ」といった名前の噂はありますが根拠はなく、憶測の域を出ません。顔写真もInstagramでは後ろ姿や横顔のみで、正面の顔出しはしていない徹底ぶりです。

Q4.辺見えみりさん自身の父親は誰ですか?

歌手・俳優の西郷輝彦さんです。母は歌手の辺見マリさん、兄はミュージシャンの辺見鑑孝さんという芸能一家。西郷輝彦さんは2022年2月20日に前立腺がんのため75歳で亡くなっています。

Q5.娘はどんな学校に通っているのですか?

学校名は非公表です。英語の家庭教師をつけていることやピアノなど複数の習い事から、インターナショナルスクール説や有名私立説が語られていますが、いずれも確定情報ではありません。母は「毎日楽しく学校に行っている」と語っています。

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