田中律子さんの元夫は、一般の方のコマーシャルカメラマン。1997年に結婚し、2012年に離婚しています。現在の夫はいません。
11月12日放送の「徹子の部屋」では3拠点の暮らしを語る予定で、夫や今のパートナーが気になる方も多いのではないでしょうか。
この記事でわかること
- 田中律子の元夫の職業と、15年の結婚生活の中身
- 仮面夫婦を13年続けた理由と離婚を決めた娘の一言
- 9歳下のパートナーと、鎧塚俊彦との結婚説の真相
| 名前 | 田中律子(たなか・りつこ) |
| 生年月日 | 1971年7月17日(55歳) |
| 出身 | 東京都世田谷区 |
| 職業 | タレント、女優 |
| 結婚 | 1997年にCMカメラマンと結婚、2012年に離婚 |
| 子供 | 長女1人(1998年6月13日生まれ) |
| 現在 | 未婚(パートナーあり)、3拠点生活 |
| 役職 | NPO法人アクアプラネット理事長、日本サップヨガ協会理事長 |
田中律子の元夫は一般人のカメラマン
元夫はCMの撮影を手がけるカメラマンで、芸能人ではない一般の方。名前や顔は本人から公表されていません。
結婚生活は15年で、そのうち13年は本人が「仮面夫婦」と語る状態でした。今は入籍にこだわらないパートナーと暮らしています。
- 元夫:一般人のコマーシャルカメラマン
- 離婚理由:立ち会い出産をきっかけに夫婦の関係が変化
- 再婚:していない。鎧塚俊彦との結婚説はエイプリルフールの冗談
元夫はCMカメラマン
田中律子さんの結婚は1997年、26歳のとき。お相手はコマーシャルのカメラマン男性で、結婚と妊娠を同時に発表しました。
翌1998年3月末で産休に入り、女の子を出産。同じ年のうちにテレビへ戻っています。当時は「王様のブランチ」の司会も務めていた時期でした。
元夫が一般の方であるため、顔画像や現在の仕事について本人が語ったことはありません。
ネット上には実名や別人の写真を載せるページもありますが、本人の公表や大手報道では確かめられない情報。名前より、夫婦に何があったかのほうが気になるところでしょう。
| 年 | 夫婦の出来事 |
| 1997年 | 26歳でCMカメラマンと結婚、妊娠も発表 |
| 1998年 | 6月13日に長女が誕生(立ち会い出産) |
| 1998年以降 | 夫婦の関係が変わり、仮面夫婦の状態に |
| 2011年 | 娘に夫婦のことを話し始める |
| 2012年1月 | 離婚届を提出 |
| 2012年2月 | ブログで離婚を発表 |
人柄については、田中さん自身がかなり好意的に語っているのが特徴です。2019年の「ダウンタウンなう」によると、元夫は品行方正で、浮気の気配もなかったのだとか。
娘の学校行事には夫婦そろって出席し、周囲からは仲の良い夫婦に見えていたそう。だからこそ、離婚の発表に驚いた人も多かったわけです。
離婚理由は立ち会い出産
離婚の原因として本人が挙げているのが、娘を産んだときの立ち会い出産でした。
2019年11月15日放送の「ダウンタウンなう」で打ち明けた内容によると、不安だったので、嫌がる夫に無理にお願いして立ち会ってもらったとのこと。
その後から夫に「ちょっともう無理」と言われ、男女としての関係はなくなってしまったそう。当時27歳で「私はもう老夫婦になるのかな」と感じたと語っています。
2024年のOTONA SALONEのインタビューでも、本人の言葉は変わりません。「元夫が嫌だと言ったのに無理強いしてしまった」と振り返っています。
友人から相談されたら、夫が嫌だと言うなら絶対にやめた方がいいと答えるとも。当時の自分にも「あきらめなさい」と言いたいのだとか。
ただ、これは田中さんの経験談で、立ち会い出産そのものを否定する話ではありません。本人も「人によると思う」と前置きしていました。
夫婦でよく話し合うことの大切さを伝えたいのでしょうね。
加えて、ライフスタイルの違いがあったと紹介する記事もあります。田中さんは海が大好きなアウトドア派で、18歳でダイビングのライセンスを取得したほど。
もっとも、はっきり本人が語っている離婚のきっかけは立ち会い出産のほう。「性格の不一致」だけで片づけるのは、少し違うのかもしれません。
13年の仮面夫婦を続けた理由
関係が冷えても、すぐに別れなかったのはなぜか。理由は大きく二つありました。
| 理由 | 本人の言葉・内容 |
| 娘の存在 | 娘を悲しませたくなかった。行事は全部一緒に学校へ行った |
| CMの契約 | 当時はCMが多く「いいお母さん」のイメージ。社長に相談しても契約があると言われた |
| 夫婦の会話 | 自宅での会話は「大体、敬語」 |
スポニチによると、結婚2年目には「無理かな」と感じ、「浮気してくれた方がいいのにな」とまで思っていたそう。
家では敬語で話す間柄なのに、外では理想の夫婦。そんな生活が13年続いたと思うと、なかなか苦しい時間だったはずです。
仕事の面でも、良妻賢母のイメージは大きな武器でした。2007年にはTBSの連続ドラマ「こどもの事情」で、連続ドラマ初主演も果たしています。
CM契約の多さは、人気者だった証しでもあるでしょう。イメージを守ることが、そのまま生活と仕事を守ることだった時代でした。
娘の一言で離婚を決断
踏み切るきっかけをくれたのは、当時まだ小学生から中学生になるころの長女でした。
「ダウンタウンなう」で明かされたのが、娘の「もう離婚していいよ」という一言。田中さんは「ホントにかわいそうなことをした」と反省の言葉を口にしています。
2024年のインタビューでは、中学1年生だった娘が「ママ、もういいよ」と言ってくれたと語っています。夫婦の様子は「バレていたと思います」とも。
元夫とは同じ家に住み、家庭内別居ほどではなかったそう。それでも娘は親の空気を感じ取っていたのでしょう。
2012年2月のブログでは「先月頭に離婚届けを提出し、15年の結婚生活にピリオドをうちました」と報告。
ORICON NEWSによると、中学1年生の長女について「去年から私たち夫婦のこと、離婚について色々話して、相談もして」とつづっていました。
多感な時期の娘を気づかい、「どうぞ静かに見守っていただけるとうれしいです」と結んだ文章に、母としての思いがにじみます。
2023年1月20日の「徹子の部屋」では、黒柳徹子さんに離婚の話を振られ、「娘が中学生のときですかね、申し訳なかったんですけど」と答えていました。
10年以上たっても「申し訳なかった」という言葉が出てくるあたり、田中さんの人柄が伝わってきますよね。
今のパートナーは9歳下
現在の田中さんには、長く連れ添うパートナーがいます。週刊女性PRIMEが「9歳下の恋人」と紹介している男性です。
一般の方とみられ、名前や職業は公表されていません。2019年の番組で「ボーイフレンドはもちろんいますよ」と即答し、話題になりました。
関係が詳しく語られたのは、2024年のOTONA SALONEのインタビュー。「パートナーがいます」と認め、娘にも会わせ、お互いの家族にも紹介しているそうです。
| 項目 | 本人が語った内容 |
| 会う頻度 | 会えるときは月の半分ぐらい |
| 相手の結婚歴 | なし、子供もなし |
| 42歳ごろの話し合い | 子供を持つか相談し、相手は「もう子どもはいりません」 |
| 結婚の形 | 事実婚、フランス婚のような形で、そばにいられればいい |
| 将来 | お墓をどうするかとなったら籍を入れるかも |
印象的なのが、42歳ごろの話し合い。「子どもを産むならラストチャンス」と伝えると、相手は「娘がいるし、2人で仲よく生きていけたらいい」と答えたそう。
結婚歴のない年下の相手に、産む機会を渡せないかもしれないという申し訳なさもあったのでしょう。
入籍しない理由は、改姓の手続きの大変さ。免許、銀行、パスポートと名前の変更が本当に面倒で、「なんで女だけこんな思いを」と感じたと語っています。
年を取って「お墓どうする?」となったときに籍を入れるかも、という言葉には、肩の力の抜けた二人の距離感がよく表れていますね。
鎧塚俊彦との結婚説は冗談
「田中律子 再婚」で話題になるのが、パティシエの鎧塚俊彦さんとの結婚説。結論から言うと、これは2025年のエイプリルフールの冗談でした。
発端は鎧塚さんのInstagram投稿。「田中律子さんと同じ道を共に歩んで行く事となりました」という、まるで結婚報告のような文面だったんです。
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投稿は2025年4月1日の朝。あいさつ文の体裁で書かれ、夜のライブ配信で説明するとまで添えられていたため、本気にした人もいたようです。
種明かしをしたのは田中さん本人。エキサイトニュースによると、Instagramで「昨年からあたためてきた、私と同じ道を歩んでいきます…と言う結婚か!?って嘘」とつづっています。
前年の冗談は「鎧塚シェフが出馬表明」だったとのこと。2年続けて4月1日に薬丸裕英さんらと集まった、気心の知れた仲間のお遊びでした。
鎧塚さんは女優の川島なお美さんの夫で、2015年に死別。田中さんは2024年のパーティーの際も「なお美さんも一緒に笑っていたと思います」と書いています。
つまり二人は親しい友人で、再婚の事実はありません。文面だけ切り取られて広まると誤解しやすいので、注意したいところです。
このほか、若いころにスポーツ選手と交際していたと紹介する記事もありますが、本人の発言や大手報道では確かめられませんでした。
田中律子の歩みと現在の暮らし
12歳でスカウトされ、芸能生活は40年以上。歌手時代の挫折を経て、女優、司会へと活躍の場を広げてきました。
離婚後に暮らしの中心を沖縄へ移し、2024年には山の家も完成。2026年は「102回目のプロポーズ」で、1991年と同じ役で再登場しました。
- 沖縄県恩納村に海の家を持つ
- 東京、沖縄の海の家、山の家の3拠点で生活
- 長女はロンドンで暮らす
プロフィールと経歴の年表
世田谷区の商店街で生まれ、祖母の代から続く美容院の家庭で育ちました。3きょうだいの長女で、子供のころの夢は美容師。
| 年 | 出来事 |
| 1971年 | 7月17日、東京都世田谷区に生まれる |
| 1984年ごろ | 12歳のとき東京・町田のデパートでスカウトされる |
| 1988年 | 筒美京平プロデュースの「FRIENDSHIP」で歌手デビュー |
| 1991年 | 「101回目のプロポーズ」で浅野温子の妹役 |
| 1996年ごろ | 「王様のブランチ」の初代司会に |
| 1997年 | 結婚、妊娠を発表 |
| 2007年 | 「こどもの事情」で連続ドラマ初主演 |
| 2012年 | 離婚を発表 |
| 2019年 | 事務所を退社し独立 |
| 2024年 | 山の家が完成 |
| 2026年 | 「102回目のプロポーズ」に出演 |
引っ込み思案な小学生だったという本人にとって、スカウトは驚きだったそう。14歳で「鶴ちゃんのいちごチャンネル」のアシスタントに抜擢されます。
歌手としては苦労しました。5年ほど活動し、シングル11枚、アルバム5枚を出したものの、ヒットには恵まれず。
「筒美先生のプロデュースでオリコン100位に入らなかったのは私くらい」と笑う話は、本人らしい明るさですよね。
その分、「二十歳の約束」など俳優業は心から楽しめたとのこと。父はハーレーを乗り回す「ちょいワルオヤジ」風の人で、友達にうらやましがられたのだとか。
長女はロンドンで暮らす
一人っ子の長女は1998年6月13日生まれの28歳。2023年の「徹子の部屋」で、高校3年間をロンドンで過ごし、その後パリにも留学したと紹介されました。
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きっかけは中学時代のイギリスのサマースクールだと紹介されています。英語がまったく話せなかった娘が、今では英語で友人と話していると本人も投稿していました。
シングルマザーとして海外留学をさせた田中さんの行動力もすごいところ。「日本人らしさは一切なくなりました。白黒はっきり」と笑いながら話しています。
顔がよく似ていて、姉妹と言われることもあるそう。2025年6月には27歳の誕生日をロンドンで祝い、「ママはいつでも味方だよ」とメッセージを送りました。
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ORICON NEWSによると、この投稿には「笑顔が律子さんそっくり」という声が多く集まったとのこと。
毎月ご飯に連れて行ってくれる時期もあったようで、仮面夫婦の時代を一緒に乗り越えた母娘の距離の近さが感じられます。
なお娘は一般の方なので、仕事の詳しい内容は公表されていません。
東京沖縄山の3拠点生活
今の田中さんを語るうえで欠かせないのが3拠点生活です。東京の自宅、沖縄の「海の家」、そして「山の家」を行き来しています。
| 拠点 | 内容 |
| 東京 | テレビなど仕事の拠点 |
| 沖縄の海の家 | 恩納村の中古物件を購入。住民票も移した。バナナなどを栽培 |
| 山の家 | 曽祖父の土地に建設。2024年5月に完成、サウナ付き |
沖縄との出会いは14歳の仕事。初めてのダイビングで海に魅了され、18歳でライセンスを取り、毎年通うようになったそう。
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沖縄の印象が強いので「沖縄出身では?」と思う方もいそうですが、出身は東京の世田谷。移住した人なんですよね。
移住の時期は媒体で表記が分かれます。マネーポストWEBは2012年、週刊女性PRIMEは45歳のときと紹介。
2026年4月のABEMA TIMESは、家のリノベーションを9年前と伝えています。離婚の時期から段階的に暮らしを移し、今の家に落ち着いたと考えるのが自然でしょう。
家探しには10年ほどかけたそう。東京の仕事に日帰りで通える本島で探し、たどり着いたのが那覇より自然の多い恩納村の中古物件でした。
「高齢になってからの移住は不安だったので、体が動くうちに」という言葉は、同世代の読者に響くのではないでしょうか。
暮らしは夜10時に寝て朝6時に起きるリズム。朝からサーフィンやサップを楽しみ、近くの畑ではバナナやグアバ、ドラゴンフルーツ、レモンを育てています。
海が目の前だと塩害で車や家電がすぐさびるので、高級なものは買わなくなったのだとか。こういう生活感のある話が面白いところ。
商店街育ちなのでご近所付き合いは得意分野。夕日を眺めながら近所の人とお酒を飲むのが楽しみとのこと。
サンゴの保全に取り組むNPO法人アクアプラネットの理事長も務めています。2022年の投稿では、クラウドファンディングで支援を受けたサンゴの土台1000本の設置完了を報告していました。
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山の家は、40年間空き地だった曽祖父の土地に建てたもの。2022年10月に計画を明かし、2024年5月に完成を報告しています。
「この山の家も一緒に成長していきます。5年後、10年後が楽しみすぎる」という言葉の通り、バレルサウナや水風呂も設置。雪の中でサウナを楽しむ姿も話題になりました。
父と祖母を亡くしたあと、72歳の母が沖縄へ移ることになったという話も。80歳でビキニサーフィンをするのが目標というから、まだまだ元気そのものです。
徹子の部屋と2026年の活動
2026年の大きな話題が、4月1日から6月24日まで全12話で放送された「102回目のプロポーズ」。1991年の名作の続編で、田中さんも妹役で再登場しました。
「路線バスで寄り道の旅」では徳光和夫さんとの名コンビぶりも健在。2026年10月も放送が続いています。
沖縄では毎年恒例のサップイベントも続けています。2026年10月の「CHURAUMI SUPRUN」は10周年で、サップヨガはチケットが2日で完売と投稿していました。
年収については公表されていません。テレビやCM、理事長職など収入源が複数あるのは確かですが、具体的な金額は確かめられませんでした。
そして11月12日の「徹子の部屋」。ザテレビジョンの番組紹介によると、沖縄の海辺の家の映像と、2年前に建てた「山の家」の写真を披露するとのこと。
それぞれの地域ならではの暮らしぶりを語るそうなので、3拠点生活に興味のある方は見逃せません。
前回の2023年は離婚と娘の話が中心でした。今回はパートナーの話が出るかどうかも注目でしょう。
田中律子の夫まとめ
- 元夫は一般人のCMカメラマンで、1997年に結婚し2012年に離婚
- きっかけは立ち会い出産で、13年間は仮面夫婦の状態
- 離婚を決めたのは娘の「もう離婚していいよ」という一言
- 現在は9歳下とされるパートナーがいるが、再婚はしていない
- 鎧塚俊彦との結婚説は2025年のエイプリルフールの冗談
田中律子のよくある質問
Q. 田中律子の夫は誰ですか?
A. 現在の夫はいません。元夫は一般の方のコマーシャルカメラマンで、2012年に離婚しています。
Q. 元夫の顔画像はありますか?
A. 一般の方なので、本人から公表された顔画像はありません。
Q. 離婚理由は何ですか?
A. 本人は、立ち会い出産のあとに夫婦の関係が変わったことを挙げています。
Q. 仮面夫婦だった期間は?
A. 15年の結婚生活のうち、結婚2年目からの13年間と語っています。
Q. 田中律子は再婚しましたか?
A. 再婚はしていません。籍にこだわらない形でパートナーと過ごしています。
Q. パートナーはどんな人ですか?
A. 週刊女性PRIMEは9歳下の恋人と紹介しています。結婚歴はなく、名前や職業は非公表です。
Q. 鎧塚俊彦と結婚したのは本当ですか?
A. 本当ではありません。2025年4月1日のエイプリルフールの冗談だと、田中さん本人が明かしています。
Q. 娘は何歳で何をしていますか?
A. 1998年6月13日生まれの28歳です。2025年時点でロンドンで暮らしていると紹介されました。
Q. 子供は何人ですか?
A. 長女が1人です。
Q. 田中律子は沖縄出身ですか?
A. 出身は東京都世田谷区です。沖縄には移り住んだ形です。
Q. 沖縄に移住した理由は?
A. 14歳で沖縄の海に魅了されたことが原点で、長年の夢を実現した形です。
Q. 徹子の部屋にはいつ出ますか?
A. 2026年11月12日の放送です。沖縄の家や山の家の映像を紹介する予定です。

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