俳優・奥田瑛二の家系図をたどると、妻・安藤和津を通じて元内閣総理大臣の犬養毅につながる政治家一族であることがわかるんです。この記事でわかることは次の3つです。
- 妻・安藤和津の実父と祖父が歴史に残る政治家であること
- 長女・安藤桃子と次女・安藤サクラ、娘婿・柄本佑まで続く華麗な一族の全体像
- 奥田瑛二自身の生い立ちと、孫に支えられる現在の暮らしぶり
【奥田瑛二 プロフィール】
| 項目 | 内容 |
| 本名 | 安藤豊明(あんどう とよあき) |
| 生年月日 | 1950年3月18日 |
| 出身地 | 愛知県春日井市 |
| 職業 | 俳優・映画監督 |
| 血液型 | AB型 |
| 妻 | 安藤和津(エッセイスト) |
| 子供 | 長女・安藤桃子(映画監督)、次女・安藤サクラ(女優) |
| 孫 | 2人(桃子さん・サクラさんの娘) |
| 義祖父 | 犬養毅(元内閣総理大臣) |
奥田瑛二の家系図は元首相犬養毅の血筋
奥田瑛二自身の実家は政治家一族ではありませんが、1979年に結婚した妻・安藤和津の家系をたどると、歴史の教科書に載るほどの政治家一族に行き着くんです。犬養毅という名前にピンと来る方も多いのではないでしょうか。まずは家系図全体の関係を一覧で確認してみましょう。
【奥田瑛二から見た家系図の関係一覧】
| 続柄 | 人物 | 奥田瑛二から見た関係 |
| 妻 | 安藤和津 | 妻 |
| 妻の父 | 犬養健 | 義父 |
| 妻の祖父 | 犬養毅 | 義祖父 |
| 妻の異母姉 | 犬養道子 | 義伯母 |
| 妻の異母兄 | 犬養康彦 | 義伯父 |
| 長女 | 安藤桃子 | 娘 |
| 次女 | 安藤サクラ | 娘 |
| 次女の夫 | 柄本佑 | 娘婿 |
| 娘婿の父 | 柄本明 | 娘婿の父 |
| 娘婿の母 | 角替和枝 | 娘婿の母(女優、2018年逝去) |
| 妻のいとこ | 緒方貞子 | 義理のいとこ(元国連難民高等弁務官) |
妻・安藤和津の実父は元法相犬養健
安藤和津さんの父は、政治家であり作家でもあった犬養健さんです。1896年生まれで、内閣総理大臣・犬養毅の三男にあたります。犬養健は戦後に法務大臣を務めた人物で、1954年の造船疑獄事件で「指揮権発動」という歴史的な決断をした当事者としても知られています。
造船疑獄では、当時の与党幹部だった佐藤栄作氏の逮捕方針が検察内で固まっていました。犬養法相は1954年4月21日、検察庁法第14条に基づく指揮権を発動し、逮捕を事実上止める指示を出したのです。
この決断への批判は大きく、犬養健は翌日には法相を辞任しています。政治的には大きな代償を払う形になりましたが、日本の司法史に残る重要な事件の当事者として、今も歴史書に名前が刻まれているんですよね。
この造船疑獄は、当時の吉田茂内閣にとって大きな打撃となった事件でもあります。指揮権発動という異例の手段への批判が高まったことが、後の吉田内閣総辞職につながる要因のひとつになったとも言われているんですよね。義父の決断が日本の戦後政治史に刻まれているというのは、なかなか重い事実でしょう。
実は犬養健は政治家である前に、白樺派の流れをくむ小説家でもありました。東京帝国大学哲学科を中退後、長与善郎や武者小路実篤の影響を受けて1923年に処女作品集『一つの時代』を発表し、繊細な心理描写で評価を受けています。
戦時中には情報将校としてゾルゲ事件への関与を疑われ拘引・起訴されましたが、最終的に無罪となりました。戦後は公職追放を受けたものの、追放解除後に日本民主党総裁を経て法務大臣に就任するという波乱の政治人生。政治家・小説家という二足のわらじを履いた人物だったんですね。
安藤和津さんが生まれた背景には複雑な事情もあります。母は柳橋の芸者から料亭「おぎ乃」の女将になった荻野昌子さんで、犬養健の本妻ではありませんでした。和津さんは後に認知され、犬養家の一員として育てられています。
この生い立ちは和津さん自身がエッセイや講演で公にしてきた話なんですよね。隠された秘話ではなく、本人が繰り返し語ってきた家族の歴史なんですよね。
祖父は内閣総理大臣を務めた犬養毅
犬養健の父、つまり安藤和津さんの祖父にあたるのが犬養毅です。1932年の五・一五事件で暗殺された第29代内閣総理大臣として、日本史の教科書にも必ず登場する人物ですよね。
奥田瑛二は結婚によって、この犬養毅を義理の祖父に持つ立場になりました。政治家の家系とは無縁だった一俳優が、婚姻を通じて日本近代史の重要人物とつながったというわけですね。
犬養毅は立憲政友会の総裁として1931年に内閣総理大臣に就任し、日本最後の本格的な政党内閣を率いた人物です。翌1932年、海軍の青年将校らによる五・一五事件で銃撃され、76歳でこの世を去りました。
「話せば分かる」「問答無用」というやり取りは、歴史の授業で習った記憶がある方も多いでしょう。この事件は戦前の政党政治が終わる転換点として、今も語り継がれていますよね。
犬養毅の存在こそ、奥田瑛二の家系図がたびたび話題になる最大の理由と言えるでしょう。芸能一家という印象の強い奥田家ですが、その土台には政治史そのものが横たわっているのです。
犬養道子や犬養康彦との関係
安藤和津さんには異母姉と異母兄がいます。異母姉は評論家・エッセイストとして活躍した犬養道子さんで、異母兄は元NHK解説委員の犬養康彦さんです。
犬養道子さんは1958年刊行の『お嬢さん放浪記』がベストセラーとなり、セレブ文筆家として名を馳せた人物なんです。1970年代後半からは世界の飢餓・難民問題に深く関わるようになりました。1986年には「犬養道子基金」を設立し、インドシナやアフリカなどで難民支援事業を展開しています。2017年に96歳で亡くなるまで、文筆と支援活動を両立させた人でした。
犬養康彦さんはNHKで報道の第一線を歩み、解説委員として国際情勢を伝える立場にありました。姉弟そろって言論の世界で名を残していることになりますね。
奥田瑛二からすれば、義理の伯母・伯父にあたる関係になります。家系図を俯瞰すると、政治・言論・芸能という異なる分野で活躍する人材が、一つの血筋から輩出されていることがよくわかりますね。
犬養家は代々、政治の世界だけにとどまらず、文筆や国際貢献の分野でも存在感を放ってきました。奥田瑛二・安藤和津夫妻の娘たちが芸能の道で花開いたのも、こうした一族の気風と無縁ではないのかもしれません。
緒方貞子との遠い親戚関係
意外に知られていないのが、国連難民高等弁務官やJICA理事長を歴任した緒方貞子さんとの関係です。緒方貞子さんの母は犬養毅の娘・操さんの子にあたり、緒方貞子さん自身は犬養毅のひ孫という立場になります。犬養健の子である犬養道子さん・犬養康彦さん・安藤和津さんから見ると、緒方貞子さんは従姉にあたる間柄なんです。
緒方貞子さんは1991年から2000年まで女性初・日本人初の国連難民高等弁務官を務めました。その後2003年から2012年までは国際協力機構(JICA)の理事長も歴任した国際政治学者です。世界的な人道支援のリーダーとして名前を知られていますよね。
興味深いことに、犬養道子さんも難民支援活動に生涯を捧げた人でした。従姉妹同士が偶然にも同じ「難民支援」という分野で名を残しているのは、単なる血縁を超えた家系の特徴と言えるかもしれません。家系図の広がりを示すエピソードとして押さえておきたいところでしょう。
娘婿・柄本佑側の家系図も豪華
次女・安藤サクラさんの夫である俳優の柄本佑さんの実家も、負けず劣らず芸能一家なんです。父は俳優の柄本明さん、母は女優の角替和枝さん(2018年10月27日に逝去)、弟は俳優の柄本時生さんという顔ぶれです。
柄本佑さんは和光高校在学中に映画『美しい夏キリシマ』でデビューし、早稲田大学芸術学校に進学。2016年にはエランドール賞新人賞を受賞するなど、着実にキャリアを積み上げてきた実力派です。
2018年公開の『きみの鳥はうたえる』などで毎日映画コンクール男優主演賞を受賞しました。2019年の『火口のふたり』はキネマ旬報ベスト・テンの日本映画部門で第1位に選ばれています。『アルキメデスの大戦』では日本アカデミー賞優秀助演男優賞にも輝いています。
デビュー作『美しい夏キリシマ』でもキネマ旬報ベスト・テン新人男優賞と日本映画批評家大賞新人賞を同時受賞しました。デビュー当初から高い評価を受けてきたことがわかりますね。妻・安藤サクラさんと並ぶ実力派俳優として、義父・奥田瑛二さんからの信頼も厚いようです。
義父にあたる柄本明さんは、劇団東京乾電池を主宰する舞台人でもあり、数々の映画・ドラマで助演男優賞を受賞してきた名優です。三谷幸喜作品の常連としても知られ、独特の存在感で笑いとシリアスの両方を演じ分けてきました。
柄本佑さんには姉のかのこさんと弟の俳優・柄本時生さんがいて、3人姉弟のうち2人が俳優として活動しています。父・柄本明さんと弟・柄本時生さんは同じ芸能事務所に所属していますが、佑さん本人はあえて違う事務所を選んだそうです。家族との適度な距離感を大事にしている様子がうかがえますね。
柄本明さんは義理の息子である柄本佑さんや、義理の娘である安藤サクラさん、その父の奥田瑛二さんとの交流についてもたびたびメディアで語っています。芸能一家同士の親戚づきあいならではの、独特のエピソードも少なくないようです。
奥田瑛二・安藤和津夫妻から見ると、柄本明さんは娘の義父にあたります。政治家一族の犬養家と、演劇一家の柄本家が、安藤サクラさんの結婚によって親戚として結びついたことになりますね。
こうして見ると、奥田瑛二を起点にした家系図は政治・文学・演劇のあらゆる方面に枝葉を伸ばしていることがわかるでしょう。一枚の家系図としてまとめてもかなりの情報量になりそうです。
妻・安藤和津自身が歩んだ壮絶な半生
安藤和津さんは学習院初等科・女子中高等科を経て上智大学文学部独文科に進学し、その後イギリスに2年間留学した経歴を持ちます。帰国後は旧姓の「犬養和」名義でTBSラジオ『土曜ワイドラジオTOKYO』の中継キャスターとしてデビューしました。
その後はテレビリポーターやニュースキャスターとして活動し、CNNキャスターも歴任。ニッポン放送『テレフォン人生相談』のパーソナリティを務めた時期もあり、知性派タレントとして長年第一線で活躍してきた人なんです。
政治家一族の娘という肩書きに頼らず、自分の言葉で伝える仕事を選び続けてきたことも、安藤和津さんの経歴を語るうえで見逃せないポイントでしょう。現在も教育問題や食をテーマにした講演会、情報番組のコメンテーターとして精力的に活動しています。
華やかな経歴の一方で、認知症になった実母を10年以上にわたり在宅介護した経験も持っています。母を看取った後には「介護後うつ」という状態に13年間苦しんだことを公表しているんです。
2018年には自身の体験をまとめた『”介護後”うつ「透明な箱」脱出までの13年間』を出版しました。同じ悩みを抱える介護経験者に向けて、講演活動も精力的に続けています。
政治家一族に生まれながらも、自らの言葉で家族の苦労を発信し続ける姿勢は、犬養家の血筋というだけでは語れない安藤和津さん自身の強さを感じさせますね。
ここまでの家系図の流れを、年表の形でも整理しておきましょう。政治史と芸能史が交差してきた様子が一目でわかるはずです。
【犬養家と奥田家をつなぐ年表】
| 年 | 出来事 |
| 1932年 | 犬養毅が五・一五事件で死去 |
| 1954年 | 犬養健が指揮権発動、法相を辞任 |
| 1979年 | 奥田瑛二と安藤和津が結婚 |
| 1982年 | 長女・安藤桃子が誕生 |
| 1986年 | 次女・安藤サクラが誕生 |
| 2012年 | 安藤サクラが柄本佑と結婚 |
| 2015年 | 安藤桃子に第一子(孫)が誕生 |
| 2017年 | 安藤サクラに第一子(孫)が誕生 |
| 2018年 | 安藤和津が”介護後うつ”の経験を公表 |
こうして並べてみると、政治の表舞台での出来事と、家族としての節目が同じ家系図の中に同居していることがよくわかりますね。1930年代の政党政治から2020年代の孫の誕生まで、およそ90年にわたる長い物語が一つの家系図に凝縮されているとも言えるでしょう。
奥田瑛二本人の歩みと現在・家族の今
ここからは奥田瑛二自身の生い立ちと経歴、そして娘たちや孫を含めた家族の現在についてまとめます。政治家一族の婿という顔だけでなく、俳優としての歩みも家系図を理解するうえで欠かせません。苦学の末に築き上げたキャリアを知ることで、華やかな家系図がより立体的に見えてくるはずです。
プロフィールと経歴年表
奥田瑛二は愛知県春日井市の出身で、本名は安藤豊明といいます。氷屋と喫茶店を営んでいた家庭に育ち、父の安藤豊さんは地元の市議会議員も務めた人物でした。
明治学院大学法学部を中退したのち、付き人やモデルを経て役者を志すようになります。20代の一時期には代々木公園でホームレス生活を送った経験もあるそうです。
| 年 | 出来事 |
| 1950年 | 愛知県春日井市に生まれる |
| 1976年 | 『円盤戦争バンキッド』でデビュー |
| 1979年 | 安藤和津さんと結婚 |
| 1986年 | 『海と毒薬』で映画初主演 |
| 2001年 | 映画監督としてデビュー |
| 2006年 | 『長い散歩』でモントリオール世界映画祭グランプリなど三冠 |
苦労人としてキャリアを積み上げてきた奥田瑛二だからこそ、政治家一族に婿入りしたという経歴のギャップが世間の関心を集めてきたのかもしれませんね。身長175cm、血液型AB型という基本データも、長年ファンの間で親しまれてきたプロフィールの一部です。
俳優・監督として半世紀近くにわたって第一線に立ち続けてきた経験は、家族との向き合い方にも表れているように感じられます。長いキャリアの中で培った人間観察力が、家族というテーマを語るときの深みにもつながっているのでしょう。
貧しかった青年時代と役者への道
小学5年生のときに映画『丹下左膳』を見たことがきっかけで、役者になる夢を抱いたと語られています。しかし進学は経済的に楽ではなく、大学も中退という形で終えているんです。
代々木公園での野宿生活まで経験しながら役者の道にこだわり続けた粘り強さは、後年のインタビューでもたびたび触れられてきました。若い頃の苦労が、後の重厚な演技につながっているという評価も少なくありません。
芽が出るまでの下積み時代には、モデルや芸能人の付き人といった仕事で生計を立てていたそうです。華やかな政治家一族に婿入りする以前は、決して恵まれた環境ではなかったことが、こうしたエピソードからも伝わってきますね。
俳優としては『千利休 本覺坊遺文』や『棒の哀しみ』といった重厚な作品で高い評価を受けました。テレビドラマ『男女7人夏物語』や『風のガーデン』でも幅広い層に名前を知られる存在になっています。1986年の『海と毒薬』では映画初主演を果たしました。日本アカデミー賞優秀主演男優賞やブルーリボン賞主演男優賞、毎日映画コンクール男優主演賞など数々の映画賞に輝いています。
2001年からは映画監督としても活動しています。監督第3作目『長い散歩』では認知症になった元校長と迷子の少女の交流を描き、第30回モントリオール世界映画祭でグランプリを含む三冠を受賞しました。俳優と監督、双方で高い評価を得てきた稀有な存在なんです。
監督作の多くで家族や高齢者、認知症といったテーマを扱っているのも特徴的です。実生活での家族との関わりが、作品づくりにも色濃く反映されているのかもしれませんね。
病気の噂は本人が明確に否定
「奥田瑛二 病気」という関連ワードで気になる声もあるようですが、本人はインタビューで入院や病気の経験がないとはっきり語っています。長年お酒もたばこも嗜んできたにもかかわらず、大きな病気をしたことがないというのは驚きですよね。
近年は孫たちから「お酒はビール1本、焼酎はロック2杯まで」と健康指導を受けているそうで、後期高齢者となった今も孫のために元気でいようとする姿勢がうかがえます。
かつては女性関係の話題で世間を騒がせたこともある奥田瑛二ですが、孫の存在をきっかけに健康意識が大きく変わったと語られているのが印象的です。若い頃は自由奔放な恋愛遍歴が報じられ「希代のプレイボーイ」と呼ばれた時期もありました。後期高齢者となった今は、孫にデレデレの好々爺として親しまれているようですね。
イメージの変化そのものが、家族の存在の大きさを物語っていると言えるでしょう。深刻な病気の情報は見当たらず、噂の域を出ないというのが実情です。健康面での心配よりも、孫との時間を楽しんでいる様子のほうが本人のコメントからは伝わってきます。
介護後うつを経験した妻・安藤和津さんと、健康自慢の奥田瑛二さん。夫婦それぞれが年齢を重ねる中で向き合ってきた課題は違えど、互いに支え合いながら家族を続けてきたことがうかがえますね。
結婚から40年以上が経った今も、テレビや雑誌のインタビューで夫婦そろって家族の話を語る機会は少なくありません。政治家一族の重みを背負いながらも、等身大の家族としての姿を見せ続けているところに、多くの人が親近感を抱いているのではないでしょうか。派手な家系図の裏に、地道な夫婦の歩みがあることも伝わってきますね。
長女・安藤桃子と次女・安藤サクラの現在
長女の安藤桃子さんは1982年3月19日生まれの映画監督です。ロンドン大学とニューヨーク大学で映画を学び、2010年に『カケラ』で監督デビュー、翌年には小説家としてもデビューしました。
2014年に一般男性(修験道の僧侶)と結婚し翌年に長女を出産しましたが、2018年に離婚。慰謝料のない円満離婚だったと報じられ、長女は安藤桃子さんが引き取りました。
現在は高知県で娘と2人暮らしをしながら、映画館「キネマミュージアム」の運営や表現者集団「ももこ塾」を通じて地域に根差した映画文化の普及に力を注いでいます。農業や食、教育を組み合わせたプロジェクトにも取り組んでおり、東京とは違う形での子育てと表現活動を両立させているんです。
シングルマザーとして娘を育てながら、地方で新しい映画文化の拠点をつくり上げてきた行動力は、母・安藤和津さん譲りなのかもしれません。都会を離れる決断をした背景には、子育てと創作活動の両方を大切にしたいという思いがあったようですね。
次女の安藤サクラさんは1986年2月18日生まれの女優です。女優デビューのきっかけは、父・奥田瑛二さんが監督した2007年公開の映画『風の外側』でした。主演女優がクランクイン直前に降板したため、急きょ代役として抜擢されたのが始まりだったんです。
思いがけない形での本格デビューでしたが、その後は着実に実力を発揮していきます。2018年度後期のNHK連続テレビ小説『まんぷく』ではヒロインの母親役に初挑戦しました。同年公開の映画『万引き家族』では、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞とカンヌ国際映画祭パルム・ドールという快挙を成し遂げています。
奥田瑛二さん自身、娘の活躍について「父親を超えたと言われてムッとしていた時期もありますが、今はうれしい」と語ったことがあります。監督として娘をデビューさせた父親だからこそ、複雑ながらも誇らしい気持ちがあったのでしょう。
2021年公開の『由宇子の天秤』や『ある男』でも高い評価を受けました。日本アカデミー賞最優秀助演女優賞にも輝くなど、日本を代表する演技派女優としての地位を確立していますよね。デビューから20年近いキャリアを積んでおり、演技の幅広さは業界内でも高く評価されています。
役柄によってまったく違う顔を見せる振れ幅の大きさが、安藤サクラさんの最大の武器と言われています。父・奥田瑛二さんの監督作で急きょ代役デビューしたという偶然のスタートが、これほどの女優人生につながったのは興味深い巡り合わせですよね。
2012年3月に俳優の柄本佑さんと結婚し、2017年6月には第一子が誕生しました。仕事と子育てを両立させながら、映画・ドラマの主演級の役を途切れることなく務め続けている点も注目したいところです。
奥田瑛二・安藤和津夫妻にとっては、2人の娘それぞれから孫が生まれたことになります。政治家一族の血と、俳優夫婦の演技力を受け継いだ孫たちが、これからどんな道を歩むのか気になるところでしょう。
- 長女・安藤桃子は映画監督として高知を拠点に活動中
- 次女・安藤サクラは日本を代表する演技派女優でパルム・ドール受賞作にも出演
- 娘婿は俳優の柄本佑、その父は俳優の柄本明
- 2人の娘それぞれに1人ずつ子供がいて奥田夫妻には孫が2人
- 奥田瑛二本人は病気の経験がなく健康を保っている
- 妻・安藤和津は介護経験を本にまとめ講演活動でも活躍中
- 犬養家からは政治・言論・国際貢献の分野で著名な人物が輩出されている
- 娘婿の柄本佑を通じて演劇一家の柄本家とも親戚関係になった
- 家系図は犬養毅から数えて5世代にわたり広がり続けている
姉妹は職業も暮らす場所も対照的です。桃子さんは高知で地域に根ざした活動を選び、サクラさんは東京を拠点に全国区の俳優として活動しています。同じ家庭で育ちながら異なる道を歩んでいるところも、この一族らしさと言えるかもしれませんね。
まとめ
奥田瑛二の家系図は、本人の実直な生い立ちと、妻の実家である犬養家という近代政治史の一族が交わる点に大きな特徴があります。犬養毅を義理の祖父に、犬養道子・犬養康彦を義理の伯母・伯父に持つという事実は、多くの読者にとって意外な発見だったのではないでしょうか。
さらに次女の結婚により柄本家という演劇一家ともつながり、政治・文学・演劇が一つの家系図に凝縮される形になりました。妻・安藤和津さん自身も介護やうつ病の経験を発信し続けており、華やかな家系図の裏には地に足のついた歩みがあることも忘れてはいけません。
奥田瑛二本人も苦学の末に俳優・映画監督として実績を積み上げ、婿入りした政治家一族に見劣りしない存在感を築いてきました。血筋の華やかさだけでなく、家族それぞれが自分の力でキャリアを切り拓いてきた点こそ、この一族の本当の魅力なのかもしれませんね。
犬養毅から数えて4世代、5世代にわたって、政治・言論・演劇・映画という異なる分野で結果を残してきた一族はそう多くないでしょう。それぞれが与えられた環境に甘えず、自分の道を選び取ってきたからこそ、これだけ豪華な家系図が今も広がり続けているのだと感じます。
奥田瑛二という一人の俳優を起点に家系図をたどるだけで、近代日本の政治史から現代の映画・演劇シーンまで見渡せるのは、なかなか他に例がない面白さです。一つの家系図がこれほど多方面に広がっている例は、芸能界でもそう多くはないでしょう。孫の世代にどんな才能が育っていくのか、今後も注目が集まりそうです。
よくある質問
Q. 奥田瑛二の家系図に政治家がいるのは本当ですか
A. はい、妻・安藤和津さんの父は元法相の犬養健さん、祖父は元内閣総理大臣の犬養毅さんです。婚姻によって奥田瑛二さんもこの政治家一族とつながっています。犬養毅は五・一五事件で命を落とした歴史的人物として広く知られており、教科書にも必ず登場する存在ですよね。
Q. 奥田瑛二の娘は誰ですか
A. 長女は映画監督の安藤桃子さん、次女は女優の安藤サクラさんです。2人とも母方の芸術的な素養と父方の演技の血を受け継いでいます。安藤サクラさんはパルム・ドール受賞作にも出演した実力派として知られ、桃子さんは高知を拠点に映画文化の普及に取り組んでいます。
Q. 奥田瑛二の父親はどんな人でしたか
A. 愛知県春日井市で氷屋と喫茶店を営みながら、地元の市議会議員も務めた安藤豊さんです。経済的な事情で中学進学を断念した苦労人でもありました。奥田瑛二自身の苦学の原点にもなっているエピソードと言えるでしょう。
Q. 奥田瑛二の妻・安藤和津の学歴は
A. 学習院初等科・女子中高等科を経て上智大学文学部独文科に進学し、その後イギリスに留学しています。エッセイストとしての知的な語り口はこうした経歴に裏打ちされたものでしょう。介護経験を綴った著書も高く評価されています。
Q. 奥田瑛二に孫はいますか
A. います。長女・安藤桃子さんの娘と、次女・安藤サクラさんと柄本佑さんの娘の2人です。孫の存在が奥田瑛二さんの健康意識を高めるきっかけにもなっているようで、本人も孫にデレデレな様子をたびたび語っています。家系図の一番新しい世代として、今後の成長も楽しみですね。

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